怒りのナウシカ: 旅路

旅路

オデュッセウス の故郷へのナウシカの旅路。これも、容易なものではなかったのだが、そこでの困難は オデュッセウス に降りかかった数々の危機とは趣を異にし、もっぱら路銀の欠乏を原因とするものであった。ナウシカは姫だったので、マネーというものについて、よく知らなかったのである。そしてこれは、かーさん虎の落ち度でもあった。かーさん虎もナウシカの突然の旅立ちに狼狽していたのであろう。結局、ナウシカは方々で丁稚のように働きながら、多次元ランダムウォークの旅を続けることになった。所謂あっちこっち丁稚である。

そのうちにナウシカは、独りだから苦労するのであり保護者が居れば安楽なのだということに気づき、湯葉を使うことにした。考えてみれば、湯葉から現れる守護者は、危機が過ぎされば消えてしまうという特性の者ではないようなので、それならば早めに使ってしまうという選択も理にかなっていたのである。

湯葉はナウシカが水でふやかすと、いかにも頼りがいのありそうな口ひげを生やした、それでいて乙女が人里離れた野原でテントを共にしても人畜無害そうな枯れた雰囲気の、無敵の老剣士に変わった。しかも有り余る路銀を持って! それからのナウシカの旅路は、姫本来のお買い物と物見遊山の旅となったのである。

「湯葉さま! このお土産、そこのパン屋さんの魔女に運んでもらって! 重くてうまく飛べないの!」

「それにしても、良く土産を買う。あっちこっち丁稚の頃、よほど苦労したのであろう」

いや、いや、そもそもこのナウシカは飛ばないのだが。しかし、仲良きことは真に微笑ましいものである。

このほのぼのした雰囲気に惹かれて、パーティーには次々に仲間が加わってくる。まずは、ナウシカにぞっこんの処女マニアのユニコーン。それから「我が輩は猫である。手足は白よ」が口癖の黒猫。この猫の飼い主となるべく定められた美しき英語教師「苦沙奈」。そして、自傷癖のある伏し目がちの少女「イルマ (Irma)」。

イルマは、ドイツとフランスのハーフの母親アミーナ(Irmina)と日本の父親とのハーフであり、彼女の言うところでは、祖父はあの悪名高き、田舎の校長先生のごとき風貌のSS隊長「ヒムラー」。この会ったことのない祖父を憎んでいるから、自分が受け継いだ血を嫌っているから、だから自傷行為をしてしまうのです私、とのことなのだが、本当の原因は不明である。

イルマだけでなく、苦沙奈も心に傷を抱えた女性である。暇さえあればむだ毛の手入れに余念が無く、誰も見ようとしていないのに脇の下を過剰に隠そうとする困った性格の娘さんである。「吾が夫となるものは、さらにおぞましきものを見るであろう」というのが、彼女の精一杯強がった口癖である。

黒猫は、おそらく、苦沙奈という名を持ち出すために存在しているのであり、ユニコーンの存在理由は、高々ナウシカ達の処女性の強調といったところであろう。しかし、一般にユニコーンという生き物も、処女としか付き合えないという妙にめんどくさい特性の持ち主なのであり、精神科を受診すれば何らかの問題を抱えていることが判明するのであろう。ちなみに黒猫は雌猫であり、猫といえども処女である。こうなると、ユニコーンがいるパーティーに湯葉さまがいても良いのかと不思議になるが、ユニコーンの説明では、「湯葉は湯葉にすぎない」とのことである。しかし、この扱いでは湯葉さまも気の毒である。

メンバーも増えて、もはや彼女たち(とユニコーン及び湯葉)の旅は観光地巡りとなり果て、これでは何時になっても目的の地に達することは無理。しかし、これについて言うならば、ナウシカがお馬鹿であるというわけではないのである。慈しみ深き乙女ナウシカは、心に傷を抱えた娘たちのケアをしているつもりだったのである。

「私捨てられたの」

と黒猫(手足は白)が唐突に呟き、ナウシカは慌ててフォローする。

「私だって、捨てられたことがあります。ポーラまで彷徨って行き、そこで拾われたのです。でも、今ではとっても元気! ほら、ご覧の通り!」

しかし、せっかくのナウシカのフォローも空しく、イルマたちの噛み合わない反応の連鎖が始まってしまう。

「ああ、黒猫さん。捨てたご両親を知らないあなたは幸せ。私も知らないでいたかった。私の祖父、憎むべきあの男は、大勢の人々を不潔な施設に集めて皆殺しにしたのです。これは人ではなく除去すべき対象に過ぎないと言って。しかも、自分で命令しておきながら、あまりにも目を背けたくなるその光景に耐えられず、吐いてしまったのですよ、あの男!」

「が、我慢できずに吐いてしまったのか、その男は! 我慢できないほどすごいものを見てしまったのか? しかし、吾が夫となる者はさらにおぞましきものを見るであろう!」

「大丈夫ですよ、苦沙奈さん! 気にすることなんかありません。私だってボウボウ! ほら、ご覧の通り!」

「およしなさい、ナウシカ、人が見ています! でも、大人になったのだねぇ。しかし、娘たちよ! お前たちは人妻などという汚らわしい存在になってはいけない! 乙女たちよ、汝らは美しき存在!」

「でも、私は捨てられたのです」

湯葉さまはただ独り、我関せずとばかりにパイプを弄んでいる。喫煙というものが、この老剣士の唯ひとつの悪徳なのである。

このように傷を抱えながらも楽しげに騒ぎまくる一行は、草千里を走り回り、もみじ渓谷で水浴びを楽しみ、ふうふう言いながらバカ尾根を登って尊仏猫を訪ね、大涌谷で黒たまごを食べ、安曇野を貸自転車で走り回り、ろくな装備も持たずに冬の剱岳に挑み富山県警に叱られ、今度は万全の装備で代官山を訪れと、それはそれは楽しげに遊び続けたのである。彼女たちの行くところ、エーゲ海はどこまでも青く美しく光り輝いていたのである。

かくの如き遊行三昧のもたらした結果は三つ。

第一は、神々の関心を惹いてしまったことである。最初に現れたのは、Dionysus, またの名をバッカスである。場所は美ヶ原、ナウシカと苦沙奈がいつものコントを繰り広げていたときのことである。「ほら、ご覧の通り!」と言うナウシカの正面の木立から、かの偉大なる神 Dionysus が現れたのである。

「おお! あなた様はかの偉大なる神、Orgy の元祖、ディオニソスさま!」

「背後世界を持たぬ娘ナウシカアよ、極上のワインが此所にある。さあ、娘達よ、衣を脱い

皆まで言うことはならず、Dionysus はユニコーンの憤怒の一突きで、オリンポスの地まで送り返されてしまうことになる。

「恐ろしい子! 神を惹き寄せ痛めつけるとは!」

自分で痛めつけておいて、この物言いとは、ユニコーンもやはり変である。

Dionysus のみならず、Orient の神々も含めて多くの神々が惹き寄せられ、さらに Orient を遠く越えて Far East の神々の関心まで惹くことになるのだが、それはまだ先のことである。

第二の結果。 かようにだらだらと遊び回っている間に、世界はその有り様をすっかり変えてしまっていた。この地にまで、パクスオクスリーナの支配の手は伸びてきたのである。

第三。 ナウシカたちは目的の地に一向に近づいていなかったのだが、いや、実は遠ざかっていたのだが、ナウシカの冒険の旅は、その時すでに物語として広まっていた。遊びほうけていたため、物語に追い越されてしまったのである。