始まり
「だいたいねー、色々やってみたけど、取り締まっても無理だったしね。こうなったら、もう・・・解禁しちゃいましょうよ」
大統領主席補佐官のクリーヴェッジがけだるそうに口を開いた。無茶な提案である。解禁しようとしているのは、いわゆる
「麻薬及び向精神薬」
の類いであり、これはいくら何でも無茶である。いや、それ以前に、いくらベストメンバーだけの内輪の会議と雖も、大統領執務室などという場所において、このような口の利き方をする人間が居るはずがないのだ。知性のかけらも感じられない。「そもそも英語だしね」という話しではないのだ。何語で話そうと、こんな話し方をするはずはない。絶対にない。
しかし、これは私たちが見たこともない部屋の会議なのである。どうせ誰も知らないのだから、これでかまわないはずだ。いや、苦情があるならば謹んで承る。お叱りがあるならば福砂屋のカステラを持ってお詫びに伺わせて頂く。ただし、できれば大統領執務室での内輪の集まりに出たことがある方だけに限らせていただきたいと思う。
それでは、続きを。
「私たちって、子供の時から努力ばっかりしてきたでしょ。努力して、努力して、遊びたいとかお出かけしたいとか、そういうのをみんな我慢して努力して。それをずっと続けて来たのよね。でも、長いこと集中して<やるべきこと>をやりとげると、なんかすごく満足感というか、頭の中が快感というのか、あれだったでしょ?」
クリーヴェッジは、その手前勝手な発言の途中で、一応は同意を求める振りをして間を取った。
「それに、二都物語の最後みたいなシーンだと頭がジーンとするような、んーー・・・なんて言うのか、頭に気持ちの良い輪っかがはまっているような感じがしたでしょ。ほら、あの自己犠牲の快感! あれを、お薬で実現しちゃえば良いんですよ。 お薬の快感目当てでお仕事をちゃんとして、自己犠牲の快感に溺れさせちゃえば、世の中は全部うまくいくでしょ?」
快感という言葉に即座に反応したのは、ジョニー大佐である。
「やろうではないか!」
元気いっぱいで、どういうわけか、とてもうれしそうである。しかし、真に残念ではあるが、クリーヴェッジの言っている「快感」はジョニーの期待する快感とは程遠いものなのだ。
国防省のカッツは心配そうにトミヒコに目配せをした。ジョニーを制御してほしかったのである。ジョニーを温和しくさせられるのは、トミヒコだけだったのだ。しかし、トミヒコがなんと言おうかと考えているうちに、他のメンバーたちの発言がどんどん追い越して行く。
「でもなあ、脳内麻薬物質と言ってもなあ。そういったものは副作用とか習慣性とか、だんだん量が増してくとかなあ」
安全保障担当補佐官のショーターコンラッドが、一応、心配そうに疑問を提示してみせた。クリーヴェッジは即座に反論。
「大丈夫。そのへんはすでに研究済みですから。ちゃんとした機関で本気で研究すれば、そんなことは簡単に解決できるのです。ご存じでしょうけどね。それに、習慣性はきちんと残しておきますから、だれも国家に逆らえなくなるわけです」
さすがは首席補佐官である。大統領は、そんなことはお構いなしにリリヤンに没頭しているのだが、他の連中は一応はあれやこれや一通りのことを言ってみて、七分間の議論の後に結論を下した。
「そうね、そうすることにしましょう」
こうして、世界史において人類が下した選択のなかで、おそらく最も重要であったであろうこの方針転換は、あっさりと決定されたのである。 いや,こんなことで良いのだろうか・・・・・・
ひとたび方針が決まると、あとは実行するのみだが、全くもってその展開の見事なことと言ったら、流石はベストアンドブライテストである。阿呆のような会話をしていたとしても、定冠詞が付こうと付くまいと、大統領執務室に居るような連中をなめてかかってはいけないのである。
米国の政策を牛耳るという、中学生がわくわくしそうな仕事に携わる彼女たち(と、ついでに彼らとジョニー)と雖も、秘密裏に態勢を整え主要国一斉に解禁の発表をし、各方面からの反撃をすべて予想したうえで最小の犠牲でそれを無力化する策を立てるという、これほどわくわくする仕事に手を染められるとは、思っても居なかったはずだ。幸せな人たちである。