怒りのナウシカ: 旅立ちの日

旅立ちの日

旅立ちの日

ナウシカは海辺で裸の男を拾った。このナウシカは、あのナウシカではなく、イオニア海沿岸に生息している「姫さま」である。姫はこの男を「よいしょっ」と担ぐと、城に持って帰った。これを「お持ち帰り」と言うのであろうか。

この姫の育ての親は虎であった。姫は昔、父王の気まぐれで森に捨てられ、虎に育てられたのである。大きな山犬ではない。虎である。わんこでなく虎である。ついでに確認しておくが、姫の名前は「サン」ではなく「ナウシカ」である。姫は、この虎を「かーさん虎」と呼んでいた。

「かーさん虎! 尽きせぬ慈しみのかーさん虎! 閣上より惜しみなく降り注ぐ、わんこそばの如きあなたの慈しみを、たった一人でこのきゃしゃな体に受け止める賢き娘ナウシカは、いと高き秋の空を千切れ雲走り抜けるこの日に、あの嵐過ぎ去りしこの日に、男を拾って参りました。しかも、真っ裸! すてきでしょ!」

「天かける軽やかな足をもつ乙女、我が愛しき娘ナウシカよ。気を失って寝っ転がっているこのマッチョな男は、おそらく昨夜ゆうべの嵐で難破してこの浜に打ち上げられたのであろう」

「まあ、あの嵐の中でナンパとは! そして打ち上げ? なんと逞しくも節操のないお方!」

「ああ、ナウシカ。お前は何時になっても! まあ、それは良い。この男を目覚めさせ話を聞こうではないか」

実はこの男はとっくに意識が戻っていたのだが、裸なので気まずくて、気を失っている振りをしていたのだ。しかし、ナウシカたちの会話を聞いていると、このままではどんな展開になるか不安になり、早く目を開けて話しに加わらねばと、きっかけを探していた。とりあえず唸ってみることにしよう。

「ううっ」

「かーさん虎! 都合よくもお目覚めのようです! なにか言っています」

「おお、情け深くも清純なる乙女、嵐に弄ばれ辛くも命を取り留めたこの男に、その白きかいなを差し伸べる乙女ナウシカよ。そなたの名を告げてくれぬか」

「えっ? あの・・・ナウシカ・・・です。私の名はナウシカ。王女にして、これなる賢者かーさん虎に育まれし賢き娘。あなたのお名前は?」

「我が名は Odysseus。Ozymandias ではなくて Odysseus であるが、King of Kings、男の中の男」

「全部英語でおっしゃれば良いのに。Man of Men とかかしら。でも、なんて豪快なパーティー! 嵐の海で男の人たちみんなと! それで疲れ果て眠ってしまったのですね」

「ん? 夢見る瞳の乙女よ。お願いだから最後まで話させてくれないか」

我が名は Odysseus
王の中の王、男の中の男、冒険者の中の冒険者
クエストに挑む廃人たちよ。我が到達せしレベルを見て
絶望せよ

「まあ! お名前は存じております。確か、トロイの方で戦ったお方だと。まっすぐにお帰りにならずに、あっちこち彷徨っていらっしゃるとか」

「なにやら無礼な物言い! 好きこのんで彷徨っているわけではないのだ。せめてトロイの方は止しにしてくれ。当にトロイで戦ったのだから。しかし、・・・・・・美しい娘さんじゃのぉ・・・・・・と、ときに、かーさん虎と呼ばれる賢者よ。御身は類い希なる賢者とお見受けするが、この身を覆う一片の布を恵んで下さらぬか」

「うむ、これでも被せておけ。その位のことは賢者などでなくとも察しはつくわい」

かーさん虎は、ナウシカが幼少の頃から常に持ち歩いていたタオルを与えた。

「かーさん虎! それは私の大事(大事なタオルということらしい)。どうして、それをよその男に?」

「よくお聞き、ナウシカ。お前がずっと大事にしていたこのタオルが、この男の下半身を覆う。これを象徴的実現と言う。だが、お前の巻き込まれたこの状況は、もっとスケールの大きいものなのだ。ナウシカよ、お前は世界史の分岐を選ぶ運命に置かれてしまったのだ。この英雄 Odysseus はお前を捨てて故郷への旅を続けると預言されている。そして、数多くの冒険を経て故郷に戻り、その旅路は物語として語り継がれるであろう。だが、その物語は後の世界に、残酷な現実の中の美しさを讃える、物語性過剰な視点をもたらしてしまうことになるのだ。ナウシカよ。今日、当にこの日にお前にこの箒を与えよう」

「かーさま! それは娘が十三の誕生日を迎えた日に与えられるという旅立ちの箒。そういえば今日は私の誕生日かしら」

「その通りだよ、ナウシカ。お前は乙女に別れを告げこの男の妻となり、人妻の道へと旅立つのだ。しかし、たまにはベットから出て、お前たちの新居をこの箒により良く掃き清めるのだよ、ナウシカ」

「まあ! FBI をも畏れぬ大胆なかーさん虎! 十三歳の娘にそんなことを!」

「嬉しそうじゃのぉ、ナウシカ。昔はそんなものなんだよ」

「昔? これは未来のお話ではなかったのですか?」

「いや、まあ、そんなことはどうでも良い。この男の心をしっかりと掴んで、決して逃がしてはいけない。その箒でちゃんとお掃除をして居心地の良いおうちを作るのだよ、ナウシカ」

「かーさん虎、獲物の目の前でそんな話をして。それに、この人の気持ちも一応は尋ねてみないと」

「勝手放題の会話に巧みなお二方よ。その企みはあまりにも身勝手ではあるが、とは言えこの私も、旅を続けることに迷いを感じ始めていたのだ。この旅に次々に降りかかる困難は、本当に偶然なのだろうか。何とも腑に落ちぬ。私には、何者かが企みをもって用意した物語のように思えてならないのだ。物語のための物語の旅、このような旅には心底疲れ果ててしまった。観客を喜ばせるために生きるのは、もう真っ平だ。このお嬢さんとここで暮らすのも、悪くはない」

「うふふ。獲物は確保。それはそうと、Orgymandy ・・・ではなくて、オデュッセウス さま。冒険のお話を聞かせてくださいな」

疲れ果てていた オデュッセウス は、休息を取りたかったはずだ。しかし、「冒険のお話を」と言われて「後にしてね」という英雄は存在しないものなのである。オデュッセウス はそれから三日三晩にわたって、その冒険の物語を語ることになった。

「そして次に目覚めたとき、私の顔を覗き込んでいたのは、その美しい顔に不安と憧れの表情を湛えた乙女、そして、毛深き顔にその有り余る知恵を隠す賢者かーさん虎だったのです」

オデュッセウス の長い長いお話はようやく終わった。目を開けたまま巧妙に眠りをとっていたかーさん虎はナウシカを見た途端、恐ろしい失敗を犯してしまったことに気づいた。ナウシカは影響されやすい性格なのである。ナウシカはそれまでとは打って変わった低い重々しげな声音で話し始めた。

「オデュッセウス よ。そなたの為した冒険は上出来である。だが、そなたは今、その気力をすべて使い果たし、ここに倒れ込んでいる。そなたの冒険は、この私が引き継ごう。そなたはこの地で、その疲れ果てた身体を癒やすが良い」

「ナウシカ! またそのような突拍子もないことを! お前は世界史の分岐をその手に握っているのだ。うかつなことをしてはいけない。お前がこの男の代わりに冒険を続けたりしたら」

「かーさん虎よ。預言はもうよいのだ。かーさん虎の預言は無視されることに決まっているのだ。私は旅に出る。これはすでに決まったことであり、何人もそれを変えられない」

「ナウシカ!」

かーさん虎はもう分かっていた。こうなってしまったナウシカは、手が付けられないのだ。この性格のため、今までどんなに危ない目に遭ってきたのであろうか。かーさん虎はあきらめた。そして、ナウシカに待ち受ける危険を少しでも減らしてやりたかったので、あの至宝のアイテムを与えることにした。

「ナウシカよ。どうしても行くのだな。やむを得ん。それならば、これを持って行くが良い」

「ばばさま! ではなくて、かーさん虎! これはあの乾し湯葉!」

「そうだよ、ナウシカ。覚えているのかい?」

「ええ、これは私がまだ小さな女の子だったとき、そして知らない世界に追い払われたとき、あのときに持っていた乾し湯葉。知らない世界で困り果てていたかわいそうな私が、これを水につけてふやかすと、湯葉は、顔が身体と同じくらい大きくて、ちょっと意地悪なしゃべり方のおばあさんになって、私にその世界で暮らすすべを教えてくれたのです!」

「ナウシカよ。追い払われたのではないのだが、まあ、それはお前には言ってもしょうもないことなのであろう。その通りだよ、ナウシカ。その湯葉を持ってお行き」

「おお、お二方よ。その世界なら、先ほど話した私の冒険にも出てきた世界です。私の部下が豚にされてしまった、あの呪わしい温泉宿」

話しにすっかり置いて行かれてしまった オデュッセウス は、やっとのことで話しに割り込んできた。それなのに

「それではかーさん虎! ナウシカは行きます!」

それだけ言って、ナウシカはその軽やかな足で走って行ってしまったのである。オデュッセウス の故郷がどこなのかも訊かずに。かーさん虎はすっかりあきらめ顔である。

「あのナウシカが大事を置いて独りで」

突然、かーさん虎は何かに気づいたようだ。かーさん虎は、流石は虎であり、すごいスピードで走り始めるとたちまちナウシカに追いついた。

「ナウシカ、お前が旅の果てに オデュッセウス の故国にたどり着いたとしても、人々はお前が オデュッセウス ではないことを直ぐに見破るではないか。と言うか、そもそも、お前と オデュッセウス を関連づける者さえいないであろうよ。それでは、お前は オデュッセウス の冒険を引き継いだことにはならないではないか。だからナウシカ、これを持ってお行き」

「まあ、これはかおなし。これを使えば私の顔は オデュッセウス。フォトショップも顔負けですわ。これによって オデュッセウス は、乙女の身体を持つゴツイ顔の勇者として記憶されることになるのですね。それはとても楽しそう。でも、これは オデュッセウス さまの故郷に近づいてから使うことにしましょう」

ナウシカはかーさん虎の首根っこにぎゅっと抱きついてモフモフ感を心ゆくまで堪能してから、再びその軽やかな足で走って行った。

こうしてナウシカはオデュッセウス の代わりに旅を続けることになり、オデュッセウス はこの海辺の国に寂しく取り残され、美しき娘ナウシカの姿を再び見ることだけを楽しみに待ち焦がれながら、残りの生涯を終えることになったのである。