パクスオクスリーナ: 発表

発表

記者会見に臨むワシントン州知事、礼儀正しいピラニアのような記者連中、知事の背後に控える仕立てのよさそうなスーツを着こなしたお坊ちゃま連中。この中のひとりの電話が、けたたましい呼び出し音を鳴らし始める。咎めるように振り返ったジャケットの胸元でも呼び出し音が鳴り始め、決まり悪そうに、それでもジョークのひとつでも飛ばさねばと素早く頭を巡らせながら内ポケットの電話に手を伸ばそうとするその間もなく、会場の連中の電話は次々にやかましく鳴り始める。マイクの前に立つ知事も慌てて呼び出しに応え、記者会見の場は、かってなかった・・・しかし映画のシーンとしてはお馴染みの・・・異常な混乱となる。

緊急連絡の内容は、ボルチモアで核爆発があったというのではなく、宇宙人の母艦が現れたというのでもなく、ハンフォード・サイトで困った事態が起きたというのでもなく、単に、これから2時間後に、米露英独仏日で「極めて重要な」声明を発するというもの。しかし、これこそかってない事態であり、そのようなことは宇宙人か隕石でも絡まない限り考えづらいことだったので、2時間というちょうど良い長さの緊張の時間をあれやこれやの予想を戦わせて過ごし、同時声明を迎えることとなった。

声明の内容は、地球がいきなり絶滅を迎えるというものではなく、未知の世界への路が開けるといったものでもなく、それらに比べれば平凡なことだったのだが、振り返ってみるならば、それら想定外の大事件に十分匹敵する内容だったのである。それは、いわゆる「麻薬」の解禁とその国家管理へ方針を転換するという発表であった。世界は大混乱に包まれる

・・・・・・と、せめてこの程度で良いから緊迫感らしきもののある展開が欲しかったのだが、実際の展開は、グダグダ感満ちあふれる語るに値しないほど退屈なものだった。ターニングポイントは、新聞の一面ではあるが遠慮がちに4分の1ほどのスペースで、「麻薬中毒の蔓延を力で押さえ込むのではなく、麻薬の代替となる擬似的な<安全麻薬>を政府管理の下で処方する」ことを検討する委員会の設置についての議論を始める、という日本的で見栄えのしない内容を告げる発表であり、確かに時差の影響を除けば米露英独仏日同時に発表されたのだが、6ヶ国同時発表という点について言うならば、それらの国が事前の合意により同時発表をしたと明言しているわけではないのであった

と、なんとも、読みにくい文章であるが、状況は、実際この文章のようにウニャウニャしたものだった。

したがって新聞の論調も早急な判断を避けどちらにもとれる歯切れの悪い調子になりがちであったが、ネットでの反応はすばやく、ほとんど瞬時に他の話題を駆逐して「解禁は本当に行われるのか、いったい何を解禁するつもりなのか、ただなのか」と、ありとあらゆる立場からの議論が突沸した。少し遅れて、それぞれの国で、それぞれの国論が沸騰したのだが、それは宗教的なものから純医学的議論、そして「日本は6ヶ国に含まれてるのに、我が国はどうして!」という可愛らしいものまで、各種様々であった。

さて、「解禁」へのステップは「検討する委員会の設置についての議論を始める」などという持って回ったアフリカの果てのような所から出発したにもかかわらず、予めレールが敷かれていたかのように(いや、実際に敷かれていたのだが)最短の日時で進み、わずか三ヶ月後には、限定的であるにせよ実際の解禁にこぎ着けた・・・驚いたことに、日本ですら三ヶ月で解禁にこぎ着けたのだ。そして、その三年後には、世界の半数以上の人々が,「管理麻薬」の常習者となっていたのである。