デビュー

Ⅳ デビュー

さて、ヨアキムの次の意識は、ありふれた「牢獄」の寝台での「目覚め」から始まりました。いよいよ、地獄の本番です。

「おっ!こんな身体になっちまったぜ」という感想を持った訳ではないので、身体は、たぶん、前と同じような見かけだったのでしょう。しかし、すぐに、違う仕掛けの身体であることを、思い知らされます。 ついでに言うならば、この「目覚め」は、これからのとんでもなく長く続く地獄生活の中で、唯一、絶望を伴わない目覚だったのです。

何があったのか、これから何が起きるのか、いつの間にこんな所に寝かされていたのか、などと色々考えていると、牢獄の廊下の向こうの方でしょうか、ギーッとドアの開く音がして、足音が近づいてきます。それは地獄の看守二人組でした。面倒なので、どんな格好をしていたかとか、覆面をしていたのか顔が見えていたのかとか、身長はどのくらいだったのかとか、そういったことは適当に想像してください。確かに、初日に関する限りでは、これらもヨアキムの心に残ることではあったのでしょうが、次の日からの果てしなく続く日々においては、看守というものは、

あの場所」に連れて行かれる あの炉」に放り込まれる あの苦痛 逆らっても無駄

を突きつけてくる圧倒的な存在であり、姿形などに心を止める余裕など全く与えない存在だったのです。

看守は、逆らって暴れ回るヨアキムを、こともなげに押さえつけ、「あの場所」に連れて行き、鉄格子で出来た寝台に鎖で手足を縛り付け、ためらいもなく「あの炉」に放り込みました。

放り込むために炉の上に持ち上げられたときから、焼け焦がすような輻射熱に苦しめられたのですが、炉の中は本物の炎です。炎と言うよりは、真っ赤に燃える石炭の中に放り込まれたようなものでしょうか。全身の皮膚はたちまち焼けてしまいます。

さて、これだけならば、地上の世界にも存在する苦痛です。違いが出てくるのは、ここからです。

皮膚は焼けてしまうと、焦げてこびり付くのではなく、炎の中に飛び散ってしまいます。まず、表皮が焼けるとその下の真皮が炎にむき出しになるのですが、お気づきかも知れませんが、この身体は、内側にゆくほど激烈な痛みを体験できるように作られているのです。呪いの身体です。真皮の焼かれる痛みは、表皮の焼かれる痛みなど問題にならないほど、ひどいものでした。そしてヨアキムが、皮下組織が焼けてゆく痛みのなかで願ったことは「炎を隔ててくれる皮膚を取り戻したい」ということだったのです。そのときのヨアキムには、皮膚は甲冑のようなものに感じられたのです。

皮下組織も焼け剥がれてゆき、その下の肉が焼け始めます。もちろん、その痛みは、先ほどの痛みなど問題にならないほどの、ひどい痛みです。

こうしてヨアキムは骨だけになり、今では骨の表面が焼かれる痛みに苦しんでいるのですが、こんな状態でヨアキムが願い焦がれていることといったら「骨と炎を隔てる身体を取り戻したい」という全く愚かしい執着だったのです。

骨も焼け落ちて、骨の中の髄がむき出しになって焼かれ始めると、ようやく、ヨアキムは意識,とでも呼ぶべきものでしょうか,を失うことができたのです。