曇天の核戦争
純粋世界での状況は最悪なので,地上世界に戻ることにしよう。しかし,戻ったところで,現実の世界は冗談のために生きるほどの余裕はなく,また,火傷による致命傷から実際の死までの時間も,放射線によるもの程ではないにしても,長い。そこで,がんばって,次はミサイル防衛。
それでは,まず,ちょっとした失敗の「お話」を。
ストーリー
こうなると思ってはいたのだが, まさか,そんな事にはならないはずだ という気もしていたのだろう。昼休みもそろそろ終わるかという社員食堂で,テレビが緊急放送に切り替わった時には,心臓に冷たい油を流し込まれたような異物感と共に,グニャグニャに歪んだ世界に放り込まれたような現実感の喪失に捉まってしまった。
テレビの画面では年配のアナウンサーが,無理矢理の落ち着いた口調で「多数のミサイルが東京に向けて発射されており15分以内に着弾すると予想される。核弾頭を搭載している可能性が強い。直ちに,屋内に避難し・・・・・・」といった内容に,「落ち着いて行動して下さい」という無意味な修飾を織り込みながら,繰り返している。気がつくと,食堂に人はいなくなっている。階段を駆け下りる人影が煩わしいが,やがてそれもなくなる。食堂のテーブルは,誰も洗い場に持って行かなかった食器でいっぱいである。
私は,他の人たちのように,地下駐車場を目指して階段を降りて行くことはしない。ここは都心なのだ。おそらく核弾頭はメガトン級であり,しかも,東京に被害を与えるつもりなら,ここは,当にグラウンドゼロ。助かる可能性はないのだ。地下鉄まで逃げ込めるならば,僅かの可能性があるのかもしれないが,今頃は,地下鉄の入り口は壮絶な事態になっているのだろう。それに,核爆発の衝撃波は津波のように分厚く,どこまでも入り込んでくる。やはり,助かる可能性はないのである。私には,幸か不幸か,この年になっても家族はいない。最初の狼狽から抜けると妙に冷静になっている。何時も考えていたように行動することにしよう。私は,もう誰もいなくなった階段を上って屋上に行くことにした。
六階建てのビルの屋上には,下の道路からの異様な騒音が聞こえてくるが,それは,もはやどうでも良い。空を見上げると,曇り空を低く雨雲が覆っている。空と屋上の間に遮るものはなにもない。それが来たときには,今立っているこの屋上のコンクリートに影を焼き付けながら,私の体は一瞬で蒸発するのだろう。そして,次に来る衝撃波で,この屋上も押し潰され崩れて行くのだろう。
どのくらい時間が経ったのだろうか。早く来て欲しい。こんな時間が続くと,ビルの中に逃げ込みたいという愚かな思いを押さえられなってくる。わざわざ屋上に居なくても,死ぬまでに,そんなに時間は掛からないのではないだろうか。
そのとき,空を覆う雲全体が眩しく光った。一瞬だけ。そして,電気ストーブのすぐ前にいるような熱線を感じたのだが,それも一瞬。わたしは,蒸発するどころか,肌を焼かれることもなく,屋上に立っている。何かがおかしい。死後の世界というわけではあるまい。思わず,雲を見上げてしまう。空に変化はない。顔に触ってみるが,火傷はしていない。確かに無傷で生きているようだ。なんなのだろうか。
十数秒は経ってからだと思う。雲が奇妙な揺れ方をすると,一瞬の後に凄まじい爆発音と共に上から叩きつけられ,尻餅をついてしまう。窓ガラスが割れたのだろうか,下の道路からガラスが砕ける音が聞こえる。気がつくと,空にはゴミのような雑多な破片が吹き上げられている。しかし,それだけ。まだ生きている。たいした怪我はしていないようだ。訳が分からないが,立ち上がる。
雲は早送りの映像のように渦巻いている。所々,雲の切れ目も見える。その時,もう一度,空が光る。今度は雲の切れ目からやたらに強い光が差し込み,暗闇でヘッドライトを浴びた後のように,視力を奪われてしまう。そして,今度は皮膚を焼かれるような熱線。 どうなっているのか分からない。しかし,次にはおそらく,あの爆風であろう。こうなると,屋上に留まるのは愚かしい。どうにか輪郭を捉えられる程度に回復した視力を頼りに,階段に向かう。階段を降りようとしたとき,爆音と爆風が来たのだが,屋内では体を持って行かれるほどのものではない。どういうことなのだろうか。顔はヒリヒリするが,火傷という程のものではないようだ。これは本当に核爆発なのだろうか?
ミサイル防衛
それでは本題に戻ろう。
弾道ミサイルを迎撃できたらすばらしい。いずれ,重量のある飛行物体,特に慣性で運動している飛行物体などというものは確実に破壊できるようになるだろうが,今のところは,大量の「飛翔体」となると撃ち漏らしも出てくるはず。
そこで最後の手段として考えられるのは,「小型核兵器」を迎撃ミサイルに積んで自爆攻撃という手段。これは自国の人口密集地帯の上空で「小なりと言えども核爆発」を行うのだから(しかも,何回も!),無意味に思えるのだが(実際,飛翔体がダミーであった場合,かなり悲しい),\(1\)メガトンの核爆発を最適高度で受けるよりは,(例えば)\(1\) キロトンの核爆発を高すぎる高度(例えば高度 \(8\) キロ)で受ける方が遙かにましなのである。 実際,この高度でこの核出力ならば,熱線と爆風に因る死者は,爆発直下でも生じなさそう。
さて,防御のための核爆発だが,曇天ならば,被害はさらに少なくなる。雲の上の核爆発による熱線は,ほとんど雲に反射されてしまうのだ。
もし物事がうまく行くならば,「核攻撃警報」の下,雲が時々異常な光を発し,しばらくして,爆音が聞こえるという光景に怯えるだけですむはず・・・いや,そんなことはない。仮に撃墜に成功して本来の核爆発から逃れられたとしても,やはり,相当の「副作用」は覚悟しなければならないのだ。例えばコンクリートのビルの内部から,わざわざ屋上に出ていると,遮るものなしに即発放射線を浴びてしまうことになる。
というわけで,このようなケースこそ,事前に「危機管理」の訓練をしておくべきなのだが,実際にはこれも無理。特に日本の場合,「持ち込まず」という制限の下,このタイプのミサイル防衛ははなっから困難であり,結局,核の傘という「無慈悲な報復」に期待するよりないのだろう。
解説(言い訳)
小さな核爆発によるミサイル破壊が可能ということを前提としたのですが,本当に可能なのかは,知らないのです。
核爆発による火球という,高温で放射線に満たされたとんでもないヤバいものであっても,そこを高速で通り抜けようとする核弾頭にどのくらいのダメージを与えることができるかというと,どうなのでしょうか。弾頭内部の電子回路が保護されていないなら,確実に破壊されるでしょう。しかし,それ以外の部分がどの程度ダメージを受けるのかは,核弾頭についての知識がないので,わかりません。核融合を用いるにせよ必ず必要になる最初の核分裂には,通常火薬による爆縮というプロセスが必要であり,これはかなりの精密作業です。したがって,そこになんらかの狂いが生じることは,期待できそうです。しかし,それにより本当に「不発」となるかどうかは,知りません。
まあ,いずれにせよ,自国上空での核爆発などというものは現実的ではないのでしょうが。
解説「屋上に行くべきだったのか?」
それでは,ミサイル防衛としての小規模核爆発については忘れて, 「ありきたりの核攻撃」が予想されるときに,屋上に行くべきか という問題を検討してみましょう。
期待していることは,生き延びることではなく, 長く苦しい死ではなく,一瞬の死を ということですから,大前提として,自分が爆心地近くに居るという前提が必要です。
しかし,これは,あまり期待できません。
核攻撃では,\(20\) メガトンとか \(50\) メガトンといった「巨大核爆発」ではなく,もっと小規模なもの(と言っても,\(500\) キロトンとか \(1\) メガトンといった規模)に分散して行われるはずです。そして,それなりの(通常の)ミサイル防衛が行われるはずなので,自分が都会の中心に居るからといって,致命傷を与える核爆発が自分の真上で発生したものになるとは,限りません。わざわざ無防備な屋上に行かなければ,死なずに済んだかも知れないのです。また,軽傷で済むところを,わざわざ重傷を負いに行く結果になるだけかも知れません。
もうひとつ,そもそも通常の高度での核爆発,つまり火球が地面に触れない高度での核爆発では, 人間は一瞬で蒸発などしません。 コンクリートに影を残すことはあっても,そこに居たはずの人間は,蒸発したのではなく爆風により他の場所に叩きつけられたはずです。核爆発の熱線は,皮膚と衣服を完全に消滅させることはできても,水分が多くそれなりのスケールを持つ人体を,表面からの熱吸収により短時間で「蒸発させる」ほどの強さではないのです。
「一瞬の死」を望むなら,爆風の方が期待できそうです。ただし,確率の問題はつきまといます。一瞬の死が期待できる爆風であっても,人間の身体の見かけを変えてしまうだけで,もちろん,助かる可能性はないのですが,「まだ生きている」時間を残す確率は,存在するようです。
普通は重傷を負うこともない爆風でも,運が悪ければ致命傷を負うこともあり得るでしょう。同じく,爆風による一瞬の死が(ほぼ)確実な地点でも,一瞬でない確率は零ではなく,しかも,なぜか生き延びて「一瞬でない死の過程」を目撃するという(確率としては)ごく希な結果も,生じ得るのでしょう。
最後に,相似比と面積比の問題を。
ひとつの核爆発について,
- S: (ほぼ)確実に一瞬の死
- A: (ほぼ)確実に死
- B: 生存と死亡両方が混在
- C: (ほぼ)確実に安全
- S地域の面積 \(1^2 = 1\)
- A地域の面積 \(3^2 - 1^2 = 8\)
- B地域の面積 \(10^2 - 3^2 = 91\)
一瞬の死を期待することは諦めて,やはり,死なずに済む努力を尽くす方が良いのでしょう。