飽食の核兵器
脅迫
日本国,とりわけ東京都民は突然の脅迫に狼狽した。
某テロ集団からの脅迫ではなく,なんと,某国がその国営放送局からのブロードキャストで,堂々と恐喝を加えてきたのである。その内容はテロ集団そのもので,以下の通り;
- 都内に「特殊装置」を設置した
- 起爆した場合の出力はTNT換算で1メガトン (これは,広島の原爆の約60倍のエネルギー)
- 要求は八丈島の割譲。回答期限は四週間
- ただし,装置を探索した場合,自動的に起動する
と,ここまでは,ありきたりの悪党。ただ,その要求は見事なまでに中途半端。 さて,ユニークなのは,その「特殊装置」が起動した場合に発生する "出力",即ち膨大なエネルギーの行き所である。なんと, 半径80km 以内に生息する人間,ただし染色体から決まる性別が女性であり,かつ,妊娠可能年齢のものに限る,に対して,そのエネルギーが三ヶ月にわたって等分配される というのだ。エネルギーはカロリーである。膨大なカロリーである。これは恐ろしい結果につながるではないか。即ち肥満! いわゆる,少しお肥えになる,牛のように肥える,牛肥,求肥,否,そんなものではなく 大肥満! 悪辣なテロである。
押しつけられるカロリーは \(1\) メガトンと堂々たる水爆クラスであり,こんなエネルギーを小さな装置から生み出そうとしたら,何らかの形で核エネルギーに絡ませなければ無理。しかし,これを核テロと言って良いのだろうか。「犠牲者」は負傷せず,ましてや,死なないのである。「犠牲者」が受け取るのは「栄養」。
日本の国論は,この目眩がしそうに珍妙な状況に対峙して,迷走を開始することになる。
その一年後
さて,その一年後の,米国大統領執務室である。
日本政府は良くやったわね。八丈島から首相が語りかけた番組は面白かった。あんな南のちっぽけな島も,Okayama公Ukita のお墓を首相がウロウロして
こんなことを言っているのは首席補佐官のクリーヴェジ。彼女は,とにかく良くしゃべるのである。
でも,女性たるもの,ダイエットのためにどんな辛い思いでケーキとかココアを我慢しているか! みんなも経験有るでしょ? 本当に良く説得したものね
しかし,国内に亀裂が生じたことも確かです。国内というよりは,亀裂は家庭とデートかな
お相手をしているのは,国務長官ショーターコンラッド。
そう。せめてその地域全員だったなら,まだ良かったのですけど。脱出組もかなり出たんでしょ?
確かに。しかしですね,逆に等分配を引き受けるために駆けつけた
そうらしい。皇居前広場でダイエット体操をしてたのも懐古調と言うか,んー,なんと言うのか・・・それから, お国のため,お国のため, お肉のためにも三ヶ月 ・・・ あれは,元々はお芝居からもってきた台詞らしいですね
"隣組" というのも復活したんでしょ? 皆でいっしょにダイエットして,そこら中の公園で体操! ビリーさんの人気も復活して今では親しみの持てるアメリカ人ナンバーワンだとか。
でも,統計で見ると結局,ずいぶん太ったものね。摂取した栄養は 特殊装置 効果終了後のもののようだから,リバウンド?
いや,リバウンドではないらしい。太った女性というものの地位が上がったためのようです。お国のために戦った戦傷者は尊敬されるから。オッカサンという尊称ができたらしいのです。逆に,スリムであることは,エゴイスト・脱出組の象徴になってしまって
あら,それは困るわね。標的が日本で本当に良かった!
とクリーヴェジ。しかし,彼女は最近,少しふくよかになられていたのだ。
えっ? ・・・あっ・・・ 本当に困りますね。スリムがエゴイストなんて
ショーターコンラッドのあわて気味の発言で首席補佐官クリーヴェジは少し気を悪くしたようす。この虎のしっぽがあるから,賢い面々は会話に加わらず距離をとっていたのだ。虎のしっぽでバンブーダンスを踊るショーターコンラッドは,まことに軽率だったのである。いや,彼は軽率と言うより,女性との距離感が鈍いのかも知れない。
さて,気分を害した首席補佐官は,事務的な口調で本題に戻る。ただし,彼女の場合,不機嫌は長続きしない。
問題は,今でも日本は反感をもっているのかということです。"テロに屈するな" と,ずいぶん圧力をかけたので。それに,あれを核テロと認定しないことについては,なんのための核の傘なのかと抗議を受けたでしょ。だいたい,あいつら,"データを拝見すると,貴国は性別不問の攻撃を何度もお受けになったようで" なんて嫌みを言って
怒っているとしても,そのうち収まるのでしょう。日本だから
しかしなあ,食べ物に絡む問題だけは,連中,本気になるからなあ
といった,部活のミーティングでもしているような調子の,なんとも大統領執務室らしいリアリティー皆無の会話を続け,とにかく,少しだけ心配したのである。
結論から言うと,日本はかなり根に持ってしまったようだ。ただし,その辛い経験というものが,あまりにも珍妙なものであったため,その反発の仕方も,ありきたりのものではなかったのである。
解説
最初のテーマは「核兵器のエネルギー」という側面であり,純粋にエネルギーという見方をしたとき,核爆発というものはどの程度のスケールなのか,ということ 。
カツサンド換算
広島の原爆は,TNT換算で \(15\) キロトンらしい。大変な破壊力である。しかし,「これは大変なエネルギーなのか」と聞かれると,さて,どうなのか。
まずは,ちょっとした復習から。\(1\, \mathrm{ kcal}\) のエネルギー(この場合は熱量)は, \(1\) リットルの水の温度を,約 \(1\) 度上昇させることができる・・・ カツサンドをぺろりと平らげると,\(1000\, \mathrm{ kcal}\) と言った方が実感があるかもしれない(まあ,かなりボリュームのあるカツサンドだが)。\(1000\, \mathrm{ kcal}\) だから,体重 \(50\, \mathrm{kg}\) を(面倒だから)水とみなすと,体温を \(20\) 度上げるエネルギーと言うわけだ。もちろん,一度に \(20\) 度も体温を上げたら大変なことになるが,外気で冷えては上げて冷えては上げてと小出しに,\(20\) 度分だけがんばれるというわけだ(ガンバレル方式は・・・・・・関係ない)。
それでは,\(1000\, \mathrm{kcal}\) を,\(1\) カツサンドという呼ぶことにして,カツサンド換算で表記してみよう。こうすると,以下のようになる。
- TNT換算 \(1\) キロトンは,\(10\) 億キロカロリー,つまり,\(10^9\, \mathrm{kcal}\) に相当する(これは定義値)
- 一方,\(1\) カツサンドは \(1,000\, \mathrm{kcal} = 10^3\, \mathrm{ kcal}\) なので,
- TNT換算 \(1\) キロトンは \(1\) カツサンドの \(10^9\div 10^3 = 10^6\) 倍であり,
- \(10^6\) カツサンド,つまり,百万カツサンド,言い換えると \(1\) メガ\(\,\)カツサンド。
結論は, TNT換算 \(1\) キロトンは,\(1\) メガカツサンド ということ。 したがって, \(15\) キロトンは,\(15\) メガカツサンド( \(1,500\) 万カツサンド) となる。なんのことはない,首都圏住人全員の昼飯分のエネルギーに過ぎない。
肥満テロ
それでは,今回のカロリー押しつけ受難だが,まじめに評価すべきものでもないので,大まかなの数値として:
- 被害地域の人口は \(1,500\) 万人
- 受難対象は全人口の \(4\) 分の \(1\) 程度(なので,約 \(375\) 万人)
- 受難日数は \(90\) 日
- この悪辣な装置の出力が \(1\)メガトン
これを前提として計算してみよう。 まず,TNT換算 \(1\) メガトン( \(1,000\) キロトン)は \(1,000\) メガカツサンドであり:
- \(1,000\) メガカツサンドを \(3.75\) メガ万人に分配するので,
- \(1\) 人あたり 約 \(267\) カツサンドであり,
- これを \(90\) 日で摂取するので,
- \(1\) 日に約 \(3\) カツサンド。
結論は, 犠牲者1人あたり毎日カツサンドを3食摂取(食べてないのに!) という計算になる。つまり,いわゆるお食事としては,ほとんど食べなくても良いと言うこと。なんと残酷なことか。
それなのに,世界の多くの国は同情してくれなかった。それどころか,まるで加害者であるかのように,日本は冷たく扱われたのである。
気持ちは分かる。飢えに苦しむ国としては当然の感情であろう。もちろん,「某国」も非難を浴びた。「どうして我が国に使ってくれなかったのか」と。しかし,これは無理な注文であった。「特殊装置」の費用は,そのカロリー分の食料の数百倍のコストがかかったのである。
本当にまじめな解説
熱エネルギーは非効率
核爆発とお食事を比較すると,なにやら核爆発のエネルギーが大したことがないかのように感じる。ただし,これは,核爆発に特有なものでなく,一般に,爆発というもの全般に言えることであり,手榴弾程度の爆発のエネルギーは「あめ玉数個分程度」らしい。 もう少し一般に言うと,銃弾,破片,爆風といった運動エネルギーに対して感じる「すごさ」と比べて,それを熱エネルギーに換算した場合の「すごさ」は,驚くほど少ない。これが, ちょっとやそっと運動するだけでは,ろくにカロリー(実はキロカロリーのことなのだが)を消費できない という嘆きに繋がる。つまり,ダイエットは困難なのだ。
ところで,核爆発では,放出される全エネルギーの約 \(1/3\) は熱線のエネルギーなのだ。しかし,熱線の被害が,熱エネルギーとしての効率の悪さ故にわずかな被害しか与えないのかというと,もちろん,そんなことはない。時間との関係
核爆発の熱線が,なぜが恐ろしい被害を与えるかというと,トリックは「エネルギーを受け取る時間」なのだ。例えば, 1カツサンドの熱エネルギーで体温を \(20\) 度上げる ということを数秒間で行ったならば,おそらく,人間は死んでしまうだろう。さらに,もっと少ない熱エネルギーであっても熱線を皮膚が受け取る場合,それを(日光浴のように比較的長い時間をかけてではなく)短時間で受け取るならば,温度上昇は皮膚表面付近に集中し,全身Ⅲ 度の火傷で黒焦げになってしまう。
カツサンドは恐ろしいのである。
さらに言うならば,同じ致命傷を受ける場合でも,銃弾などによる致命傷は一箇所を深く傷つける一方,熱線は皮膚表面に広く浅く損傷を与える。刺激される神経の量は多く,実際の死に至るまでの時間は長い。
こうなると,カツサンドも凶悪なものに思えるが,これはカツサンドの責任ではないと思う。