月面の核戦争

月面の核戦争

生々しい設定の後なので,遠く手の届かぬ美しき月の世界へ。いやいや,そこで核戦争では,なんのために月を持ち出したのか・・・だが,断固として,月面,高度 \(3\, \mathrm{km}\),核出力 \(1\) メガトンの核爆発を検討する。ところが,これが難しいのだ。

まず,「ドカーン!」は無し。当たり前だ。大気は無いのだから,音はしないはず(爆発地点直下の地面が急激に熱せられ,その衝撃が振動として地面を通して足から伝わることならあるだろうが)。爆風も無し。

火球かエックス線か

となると,残りは熱線と放射線(どこが違う?とは聞かないで欲しい。有り体に言うならば,「非電離放射線」と「電離放射線」の違いであり,「電離放射線」は一種の「毒殺」能力を有する「毒の光」なのである)。

難しいのは熱線なのだ。大気中で核爆発があったとする。このエネルギーの多くは即座に核爆弾の筐体に吸収されとてつもない超高温のガスになり,さらに周囲の空気を加熱して高温の火球を作り出す。そして,この火球から衝撃波が離れて行き衝撃波・爆風の被害をもたらし,また,高温の(と言っても,最初に比べればずっと低い温度の)火球の表面からゆっくりと(核出力が大きいほど火球は大きく,そのため長時間)熱線を放射してゆくことになる。このプロセスから漏れ出たわずかの部分が「即発放射線」としての被害を与える。

ところが,月の世界には大気が存在しない。と言うことは,核分裂・核融合によって生じるエネルギーのほとんどが筐体に吸収されるという所までは同じだったとしても,その「とてつもない超高温のガス」からの放射を吸収する周囲の空気は存在せず,その「とてつもない高温のガス」からの放射が直接,襲ってくることになる。

しかし,それは「熱線」などというものではなく,エックス線レベルの波長のもののはず。しかも,大気による減衰もないので,距離の平方という以上には減衰せずに届く。

結果として,月世界の場合,熱線は放射線に置き換わる。放射線の被害をなめてはいけない。エネルギーという観点から比較するならば,(電離)放射線という「体内毒物発生兵器」は,人を焼き殺したり叩きつけて殺したりという殺傷法に比べて比較にならないほどわずかのエネルギーで,人を殺す。

中性子爆弾などと言われる兵器では,エネルギーの大半は中性子線以外に配分されているのであり,高々,中性子線として「漏れ出る」比率を上げているだけ。それに対して,月面の核兵器は,工夫をしなくても「毒の光」に特化した嫌らしい兵器なのだ。

エックス線爆弾

さて,ここでもっと嫌らしい設定にして,月面には人間が一様な人口密度で住んでいるとしよう。

その場合,グラウンドゼロ近くでは幸運にも即死であり,普通の大気中の核爆発で焼け死ぬ距離ならば,やはり,放射線により焼かれる(これは想像にすぎないが,このレベルの放射線を浴びた場合,即座に中枢神経をやられるので,通常の熱傷による死よりは苦痛は短いのではないだろうか)。

悲惨なのは,「半端な量」を浴びる地域であり,人口比からは,おそらくこの領域が最大。この領域で被爆した場合,生存に必要な細胞は生き残る。しかし,「次の世代の細胞」はもはや生まれてこない。したがって,今生きている細胞の跡継ぎはなく,これら貴重な現役戦力の寿命が尽きると共に,ゆっくりと生存不可能な身体に変わってゆき,死ぬ。助かる方法は全くない。

世界が光った瞬間から十五分以内に吐き気・めまいが来たならば,じわじわと死んでゆくことを覚悟しなければならない。それなのに,脳細胞と心臓の細胞は現役として生き続けるため,意識を失うことも出来ない。なんと,意地の悪いことだろうか。

以上,美しく純粋な月の世界では,純粋な世界だからこそ,「核兵器」というものの嫌らしさは余すことなく発揮されるのだろうか。