それから

それから

言うまでもないが、この二人は結婚をする。 「死が二人を分かつまで」一緒に暮らすわけである。

西洋の

「二人は末永く幸せに暮らしました」

という結びの文句は、また、

「死が二人を分かつまで」

という言い回しは、神を背景としているのだろう。末永く暮らす二人は神が結びつけた二人なのであり、「死が二人を分かつ」と言っても死が神に勝てるはずはない。つまり、その別れは一時的なのだ。したがって、「末永くと言ったって僅か数十年」などと心配する必要は無く、その「僅か数十年の間」について敢えて記述しなくても良いのである。

しかし、この二人はキリスト教世界に生きているのではない。二人の「末永く」は「僅か数十年」という一瞬である。それでは、この一瞬に登場人物たちに何が起きたか、簡単に述べておこう。

お二人について言うならば、いろいろあったにせよ、普通の意味で幸せに暮らした。

ただし、K子と義理の父、つまり泰三さんの幸せな父親との間には、泰三さんの知らない「二人だけの秘密」があった。世間は意外に狭いものなのである。

姉御は 結婚式でワーワー泣きながら K子を抱きしめ、およそクールな姉御らしくない祝福をした。

姉御は家出少女元締めとして半裏社会での大物になったのかというと、そうではない。姉御はなぜかK子母と意気投合し、自由と暇と、そして最も重要なことだが潤沢な資金をもてあますK子母のコンパニオンとしてヨーロッパ諸国を遊び歩いたのである。

そしてモナコのホテルに滞在していたときのこと、いともゴージャスにして華麗なるプロポーションの持ち主であった妻と死別した英国種ジェントリー、彼自身も(お年とはいえ)なかなかのハンサムであり、しかし、気むずかしい男だったのだが、その英国種ジェントリーに見初められ、結婚する。 いや、見初められ妻となったのは、K子母であった。

姉御は K子母と一緒に(もはやコンパニオンという立場でもなく、もちろん、メイドではないので、まあ、連れ子のようなもの、といった立場で)お屋敷で暮らすことになる。

前妻と異なり派手なパーティーは好まなかったので、「大きな屋敷でひっそりと暮らした」と形容すべきなのだろうが、外では気むずかしい顔をしている英国種ジェントリーと、もともと無頓着に静かに明るいK子母、それから、前夫人の代からの英国型古参家政婦(彼女もメイドたちからは気むずかしいおばさんと思われている)、そして何でも器用にこなす姉御、この四人は(ベストメンバーだけだと)なかなか乗りの良い人たちであった。四人のお気に入りは、小説「レベッカ」を題材に、台本も用意せずの即興芝居を楽しむことであった。

姉御も交えて四人は腹を抱えて笑いながらお芝居を繰り広げたのだが、他の三人が気づかない(実はK子母は気づいていたのだが)ふとした拍子に姉御は寂しそうな顔になり、そっとつぶやくのだった。

「そうじゃない。レベッカはK子」

それから、数十年してのこと。

姉御は引退し、お屋敷の近くにもらった裏庭つきの小さな家の安楽椅子に座り、よく手入れされた花々でこれでもかと言うほど埋め尽くされたイギリス風裏庭を眺めていた。五月の日差しは暖かく、膝にかけた薄いカシミヤの膝掛けも、無くても良いくらい。

Linn Sondek のレコードプレイヤーから流れている曲は、ラズモフスキーの一番(もちろん、演奏は Baryli Quartet である。異論は認めない)。ちょうど三楽章が始まったところ。ウトウトしながら姉御が考えていたのは、最初はベートーヴェンのことだった。

「とても静かで優しい曲。こんな優しい響きは、そう、スプリングソナタの始まりの旋律とか(演奏は Fritz Kreisler である。異論はあるだろうが、却下する)」
「ベートーヴェンさんはゴツい曲ばっかりかと思うと、こんな曲もねぇ。でも、どんなに優しくても、このひとは生涯ずっと男性」

姉御は目を閉じた。

庭はこんなに明るく暖かいのに、姉御の閉じた目に映っているのは、雪に埋もれたイギリスの(ドイツかもしれない)街並みだった。暖炉の側の長いすに座り、窓の外の雪景色を見つめている。やはり、ラズモフスキーのアダージオが流れ、積もった雪の上にチラチラと舞う粉雪の中を、はかなげに歩いているのは K子。

「あんたがシャベルを持ってきたときから、ずっと」
「K子! わたしは、ずっと・・・・・・あなたを守りたかった」