1.妄想の巡査

妄想の巡査

根来村泰三は巡査であった。

巡査なのである。詳細を言うならば、着任してまだ七ヶ月の巡査なのである。新米巡査の職務は「耐える」ということと「退屈する暇もない」ということ、そして「退屈な仕事」という三連打であった。根来村は、これを持ち前の妄想力で切り抜けてきた。 「おれが法律だ!」 これは根来村の妄想の精華にして、これこそが、根来村その生涯一度で良いから言ってみたい台詞なのであった。

アメリカ映画においても、猫来村が主人公そっちのけで感情移入してしまうのは、頭は少し禿げかけているくせに口ひげだけは立派なマッチョ保安官である。大体において、このタイプがこんな台詞を言うのだ。もちろん、根来村には、こんな台詞を言う機会は巡ってこない。全くもって残念なこととだが、階級が上がっても巡ってこない。一生、巡ってこない。日本国には、従うべき法律というものがあるのだ。その上、警察官は保安官ではない。しかも、今のところ、根来村は新米の巡査である。いや、だからこその妄想なのであった。

その日、根来村は非番であった。朝飯は行きつけの喫茶店のモーニングで済ませ、なじみの店でおにぎり弁当を調達すると、一日がかりの散歩に出かけることにした。飲み物は、自動販売機で買えばよかろう。日本という国は、そういう国なのだ。阿蘇山のカルデラの底にさえ、自動販売機が設置されているのだ。いわんや奈良盆地においてをや。

散歩の目標は特にないが、飛鳥山あたりまでぶらぶら歩くつもりだ。暑くもなく寒くもない季節であり、その上に快晴である。絶好の飛鳥お散歩日和である。しかも、連休明けの平日なので観光客はほとんどいない。実にすばらしい。優雅である。長閑である。

かくの如きさわやかにして健康的な設定が整えられているにもかかわらず、そして散歩に向かう根来村の姿はさわやかにして健康的な情景にうまく溶け込んでいたのだが、根来村の頭蓋骨内部では、妄想が忙しく走り回っていた。その若さにもかかわらず、桃色妄想ではない。かといって、古のヒストリー淡く萌え立つ奈良盆地に相応しき高等情感妄想に浸る、という訳でもない。なんのことはない、重要犯人逮捕妄想である。

根古村の立場では、しかも、非番とあっては、できることは限られているはず、なのだが、妄想の奔流はそのような現実界の障壁はものともせずにあふれ出し、次から次へと輝かしきストーリーが展開されてゆく。アルカイダが[なにを考えたか知らぬが]意表を突いて、飛鳥山の中腹に小型核爆弾の仕組まれたスーツケースを隠す。いざそれを掘り起こして車に積み込もうかという、まさにそのとき、不運にも根来村と遭遇するのだ。警視総監賞ものである。新聞にもでる。ニュースにもでる。バラエティー番組にも出演し、ひな壇に乗ってクイズに答えるかというと、それはしない。バラエティー番組は、警察官の崇高な職務とは折り合いが悪いのだ。いや、栄光を得る前に、まず、悪との激しい戦いがあるはずであり・・・・・・結論は決まっているのだが、どう展開させようか。

ものが小型核爆弾ともなると、拳銃はもちろん、連中、機関銃くらいは所持しているであろう。 ナイフ使いの達人がいるかも知れない。どうやってねじ伏せようか。 ナイフ使いは女かも知れない。 美人かも知れない・・・・・・ あろう事か、逮捕した男に惚れるかも知れない。 逮捕した男(私ですよ。私)は、刑務所に面会に行き、刑期を終えるのを待つかも知れないんだ。

いや、それは良いのだが、ちょっと巻き戻してみよう。そう、いきなり銃を持ち出されたのでは、いつ「おれが法律だ!」を言のか?

そうか。最初は、ごまかそうと足掻いてもらうことにしよう:

「ちょっとそのケースを見せていただけますか」

アルカイダA「そんなことをする義務はない」

アルカイダB「逮捕状見せてみろ」
(それを言うなら「捜査令状」だ。根来村談)

アルカイダC「プライバシーの侵害だ」

アルカイダA「制服も着ていない警官に私物を見せなければいけない法律があるのか」

このくらい囀らせておいてと、

「おれが法律だ!つべこべ言わず、そのケースを開けろ」

すばらしい。実にすばらしい。いや待てよ、アルカイダに日本語が通じるだろうか。アルカイダって何だっけ。アルカイダってこういう反応をするのだろうか。どうも自信が持てない。そんなアルカイダもあるかも知れないがアルカイダらしくない。なんか紛らわしい。アルカイダかアルカイナか分からなくなってくる。

そうだ、北朝鮮にしよう。

良い考えである。北朝鮮の工作員ならば、日本語は通じそうだ。そうだなあ、不審尋問をされると、東京から来た「政府の人間」と主張するという手もあるぞ。東京モンらしく、

「我々は、内閣秘密調査官である。この証明書が目に入らぬか」
「控えおろう」
「田舎警官ごときが口を挟むな」 

おお、これだ! これでこその決め台詞

「黙れ!この大和の地の治安は俺が預かっている。そのような紙切れなど何枚振り回そうとも、この大和の地ではなあ、    お・れ・が・ほ・う・り・つ・だ!!!

ああ、なんてかっこいい私。

------と、恥ずかしい台詞を考えながら歩いていたのだが、そこでまずいことに気が付いた。拳銃や機関銃はともかくとして、あいつら素手でも強そう。根来村は、格闘技には自信がなかったのである。そもそも、アルカイダ相手でも一人では勝てるわけはなかったのだが。

なんかうまい手はないものか。いっそのこと、ちょと規模は小さくなるが、あんパン業者がケシの栽培をしているというくらいにしておくか、という具合に、ちょっと残念な妥協策(いや、かなり情け無い妥協策だと思う)まで考慮に入れつつ丘を越えると、そこに怪しい少女がいた。

家出少女のようだ。しかも、地元住民の要望で厳禁されている山菜摘みをしているようだ。身につけている道具を観ると、これも怪しい。ヴィトンのバックを脇に置き、しかも値札のついた小型シャベルを手に地面を掘り返すとは、怪しすぎる。怪しいに加えて嬉しいことには、相手は儚げな少女である。アルカイダでも北朝鮮特殊部隊でもない。格闘しても負ける心配はない。根来村は不審尋問を行うことにした。