溶岩シャワーの中で

溶岩シャワーの中で

ジャスコでの緊張の反動で、K子はリラックスの極みであった。これもまた母の影響で、おひたし向きの菜っ葉については、ちょっと詳しかったのである。

K子は世間に疎いので、山菜採りが禁止されている場所があることなど、想像もできない。

お日様はぽかぽかと気持ちよく、ミミズたちの耕した丘の斜面に、その他大勢の草に混ざっておひたしにピッタリの葉っぱが育っている、ただそれだけのこと。

お日様とミミズが育てた葉っぱを摘むことを人が禁止するなど、どうしてあり得ようか。

家出お嬢K子は、警戒心皆無なのである。まあ、それはやむを得ない面もあるのだが、せめてジャスコの値札がついたままのシャベルのことくらいは、気にして欲しいものである。しかし、K子は気にしない。お日様はぽかぽかして丘は見晴らしが良く、空気はとても気持ちが良いからである。

K子が掘り崩す斜面を少し上った丘のてっぺんに、向こう側の斜面を登ってきた根来村が姿を現す。

K子は静かに振り返り、根来村は山菜盗り犯を発見した。


根来村は、ここまでの長い道のりで飽きることもなく「俺が法律だ!」逮捕妄想を繰り返してきた。最初は核テロ絡みのアルカイダ、などと景気よく始まった妄想も次第にスケールを縮小して行き、やがては小市民的なシチュエーションにまで行き着いていたのであり、なるほど決め台詞に至る展開パターンこそ不変であるものの、お終いの方の事案となると

「さて、それはまあ良いとして、起訴してもらえるんですかね」

と疑わざるを得ない極小市民的出来事にまで、落ちぶれていたのである。これはシナリオの各種整合性を検証したなれの果てであり、やむを得ないと言えば、やむを得ない。そうなのだが、なにも山菜少女までミクロ化しなくても良いはずである。

振り返るならばその通りである。しかし、物事は「振り返ればそう」という通りには展開しないものなのだ。

K子の姿が根来村に与えたファーストインパクトは、「好感」であった。そして、この儚げな少女の名前は「ノラ」。スペイン娘である。これが猫村の意識下から泡のように浮かび上がってきた根拠無き認識であった。全く理解不能と岩猿を得ない。

「ノラ」について敢えて言うならば、 警察官ならではの直感で家出少女の特徴を捉えた故に「野良」と感じたのです とでも説明すれば、なんとかならなくもないのだが(否定の連続:by Atok)、スペイン娘は無根拠の極みである。スペイン娘というのは、牛を見て「オレー!」と叫ぶスペインの娘である。

成る程、彼女は陽気な西海岸訛りのアメリカ娘ではなく、顎の先端のお肉が良く発達したイギリス娘ではなく、寒冷地仕様のフィンランド娘ではなく、そしてパリにおいてさえめったに見かけないパリジャンヌが、ナラボンチに自然発生するはずは無い。ドイツ娘でないことは、彼女の周囲に立ちこめる儚げな雰囲気から明らかである。儚げな雰囲気と共存できるドイツ娘は、ドイツ史を通じてただ一人しか存在しない。キューブリックの妻となったあの「逃げ遅れた敵国の乙女」ただ一人しか存在しない。 キューブリック監督の映画「突撃:Paths of Glory」の最後に登場する、あの危地の乙女である。

以上の論拠により、彼女はアメリカ娘ではなくイギリス娘ではなくフィンランド娘(凍結防止仕様)ではなくパリジャンヌでもなく、もちろんドイツ娘ではないのだが、しかし、なぜスペイン娘なのか。根来村自身にも不可解であろう。そもそも、この純和風少女を何故にヨーロッパに結びつける? スペイン? この儚げな少女に「オレー!」は似合わない。

根来村なら、彼はなかなか彫りの深い顔であり、「オレー!」もまあ許容できるのだが、この子に「オレー!」は気の毒である。しかし、例の映画に登場する危地の乙女だって、あの歌を、ビールジョッキ片手のバカ騒ぎにピッタリのあの歌を、保護本能をかき立てられずには居られない儚さの極致へと変容されるアビリティー持ちだったのだから、まあ考えようによっては、あり得ない設定でもなかろう。

「根来村の方を見てシャウトすべきシーンで精一杯「オレー!」と叫んだ・・・・・・つもりなのに、怖ず怖ずした囁きにしかなっていない」 という設定も、ちょっと良いのでは。

などと言ってみたとしても、やはり理解不能である。しかし、逆の順番で捉えるならば、それほど不可解ではないのである。:

  1. まず、「儚そうな」というイメージが根来村を捉え、「守ってあげたい」が生じた。
  2. 守ってあげるためには、家猫ではまずい。従って、「野良」。野良だからこそ 「ふふっ、野良め。我にこそ懐くが良いぞ」 などと、寛大にして余裕たっぷりにのたまえるわけである。
  3. これは非言語層に生じた無言語想念であり、言語表現層には「ノラ」という音のみが泡のように浮かび上がって来たのである。根来村はそれを名前と理解する。
  4. 次に、「儚そうな」から想起されたのは、映画のあのシーンであり、「元気いっぱいであるところを怖ず怖ずと」というパターンが浮かび上がる。
  5. このパターンに「守ってあげたい」が加わり発展し、「オレー!」とシャウトしようとしても囁くような声になってしまうこの乙女の代わりに、この私が「オレー!」と叫んであげようではないか、という「危地の乙女を救う騎士」の構図が確立される。
  6. つまり、「オレー!」 が先でスペインが後なのである。

ここまでは、まあ良い。しかし、なぜ「オレー!」なのかという疑問は残る。この構図を実現するだけなら、「ソイヤサー!」でも良かったはずだ。 「俺が代わりにシャウトしてやる」のオレから発生したとするのは、解釈のしすぎであろう。

顧みるに、K子に遭遇したその一瞬、猫村の脳内には立ち眩みのような混乱が生じたのであろう。

なにはともあれ、儚げな少女である。

空は、空一杯に高く大きく拡がり、太陽の光を遮る雲はなく文句なしに明るい光は彼女を包み、しかし、空と斜面、つまり彼女の置かれた草むす斜面と空との間の空気はと言うならば、それはエーゲ海で日光浴をするナウシカに相応しい透明度の高い乾燥した空気ではなく、耳元で囁く吐息のように湿っていて温かく、すべてのものの輪郭をふんわりと和らげるヤマトの国の大気そのものであった。

この好意的遭遇からおよそ一秒遅れて、根来村は「禁止されている山菜盗り」であるらしきことを把握した。 その結果、根来村の脳内には以下のような展開が生じたのである:

可愛い子だけど山菜取りはいかんなあ
ちょっと御注意でもしておくか・・・・・・
あれっ?、ヴィトンのバック!
なんか変だぞ。それに、格好いいシャベルを持ってるけど・・・・・・ ジャスコの値札が!
非番だけど、いよいよあれを! そうです、あれです!
本当か? 本当なのか泰三。 本当にこんなチャンスが?!

しかし、慌てて行動に移る根来村ではない。根古村は警察官なのである。警察官は慎重であるべきなのである。

生涯一度のチャンス。慎重の上にも慎重に。もう一度、「お尋ね」の流れを確認しておくか。 まずは、持ち物からだな。

「もしもし、ずいぶん良いバックを持ってますね」

(まずは軽いジャブから。たぶん盗んだものだから、不安になるはず)

「そのシャベルだけど、値札ついてるよね。ちょっと見せてもらえるかな」

(必殺の右ストレート。絶望した顔になる)

「山菜採ってるのかな(もちろん、禁止されていることは知ってるよね)」

(だめ押しの集中砲火である)

「住所氏名は?」

(そろそろ厳しめの尋問口調。もう抵抗する気力もなく・・・・・・)

(あれ? これはまずい。これでは、肝心の決め台詞の出番がないぞ。素直そうな子だから抵抗してくれないかもしれない。なんてことだ、ここまで来てそれは困る。だいたい流れるような言葉の展開なんてものは、互いに協調しなければ成り立つはずがない。ハーモニーである。二人で一緒に協力して、つまり、お二人の初めての共同作業という心がけが必要なはずだ。でも彼女はなかなか素直そうな少女だ。こんなに素直そうな少女だから、必ずや、期待に応えてくれるであろう)

そうだな。例えば、

「あんただれ?」
「警官?」
「警官だからって、制服も着てない人にどうしてそんなこと答えなければいけないの?」
「そんな法律があるの?」

ああ、なんて素直で良い子なんだろう。なんだか、好きになって来た。そう、君はあの台詞を引き出す、かけがえなき伴侶。

「このナラボンチではなあ、 おれが ほ・う・り・つ・だ!!!

実にすばらしい。

それから、諦め顔の娘にもう一度繰り返そう。

「さあ、本官に言いなさい。住所氏名は?」

今度は、詰問調ではなく、経験豊かな「お巡りさん」の包み込むような優しさで。

「本官に」と限定する一言が、「この人なら杓子定規に逮捕なんてしないはず」という信頼を打ち立てるのである。すばらしい。非の打ち所のない流れである。復習は完璧。さあ、始めよう。


まさにその時、K子は人の気配に気づき、静かに目を上げたのである。

なにも疑うこともなく警戒心の欠片かけらもなく、この日差しと柔らかな大気にのどかに溶け込みながら根来村を見上げる乙女の姿は、先ほどの目眩などという水準を遙かに超えた一瞬の衝撃のような混乱をもたらしたのであり、それにより根来村泰三としてのあり方を支えてきた足下は突然崩れ去ったのである。

K子が視線を上げたこと、根来村への衝撃、そして崩れ去った足下から溶岩が吹き上げてきたこと、これらの事象はほぼ同時に起きた。

根来村は、もはや根来村としては存在せず、ただK子を見つめるのみであった。しかし、その体は、この場合は主に肺と口であるが、その体は予めプログラムされた手順を淡々と実行するかのように、物理的な音声を生成していったのである。それはK子にとっても、I子であれK子であれ、そういった在り方を吹き飛ばしてしまう衝撃であった。

噴水のように吹き上がるオレンジ色の溶岩は二人を包み
(これは危険なのでやってみてはいけない。溶岩をなめてかかっては危険である。いくら噴水のように吹き上がっていても溶岩は溶けた岩石である。舐めると舌先を火傷するなどという、生やさしいものではない。溶岩の重量は大変なものであり、浴びると跡形もなく潰されてしまうのである)
K子は足下を見ることもなく丘を駆け上がり
(これも危ない。けっつまずくのである。手をついたそこに在るのは、たいていの場合、リスさん、キツネさん、くまさん、モモンガー、オットセイ、ラッカセイなどの残した・・・ まあ、具体的記述は止しにしておこう)
根来村の近く
(定量的に表現するならば、小学校で習った、小さく前へならえと言うくらいの距離なのだが、小学生というものは、ずいぶん難しい言葉を使うものだ)
まで来て立ち止まり、つまり、簡潔に言うならば

噴水のように吹き上がる溶岩は二人を包み、K子は足下を見ることもなく丘を駆け上がり、根来村の近くまで来て立ち止まり

と言うことなのだが、根来村のすぐ近くまで来たK子は、 上体をわずかにそらした姿勢のまま棒立ちで、根来村を見つめ続けた(北島マヤにしか演じきれない感情表現である)。音声自動再生を終了した根来村にも、もはや如何なる動きも存在せず、二人は唯々、見つめ合っていたのでした。

もよ み
堀串ふくしもよ み堀串ふくし
この丘にます子
いえらせ らさね
そらみつ大和国は
おしなべて我こそ
しきなべて我こそ
我にこそはらめ
家をも名をも