そして最後の誕生日
お仕事という点から言えば余計な事だったのですが、彼らに関心を持ってしまったのです。
十回も生涯を一緒に過ごす、なんてことはこれまでに無かったことです。「一緒に」という意味は、もちろん、「彼ら四人が一緒に」につきまとって一緒に、ということです。彼らは数え切れない回数の生涯を「一緒に」過ごしてきたわけですが、「十回」と言っている以上、「私の世界で一緒に」なのです。とにかく、こんなことは初めてです。
誕生日神としての他のお仕事の場合でも、その気になれば生まれたときから十九歳のお誕生日まで「観察」し続けることもできるのですが、そんな面倒なことはしたことがありません。どうせプレゼントは私が選ぶのではないのだし、「気がつかれないようにそっと」置いてくるだけの仕事なのですから、関心を持つ必要も無かったのです。他のお仕事の場合は。
「彼ら」というケースでは、私が「お仕事」の特殊性のせいで緊張してしまって、彼らの最初の誕生日(引き継いでからの最初、と言う意味です)からずっと見続けてしまったのです。これがいけなかったのかもしれません。そして、お誕生パーティーでのあの謎の表情。これでは次の世代の物語にも関心を持ってしまうのは避けられません。
そんなことをしているうちに、もう、「他人」とは思えなくなってしまったのです。「物語」はハッピーなストーリーばかりではありません。失恋も、憎しみも、裏切りも、それから戦争、不治の病となんでもありでした。ただ一つだけ保証されているのは、「一人も死なない」ということだけ。と言っても、「死なないだけ」です。
Auer くんなどは、あるとき(ある世代のあるときという意味です)、「かまって欲しいの!」オーラを惜しみなく放射しながら、思わせぶりに崖っぷちの手すりの上を歩いていたことがあるのです。落ちたら、たぶん死ぬ高さの崖。そして、本人は落ちるつもりなんか全くなかったのに、落ちてしまいます。あの時は、本当にびっくりしました。あり得ないはずのことだったのですから。そして、やはり、あり得ないはずのことは、あり得ないことだったのです。ただし、あり得ないのは「死ぬ」ということだけ。Auer くんは奇跡的に死なずにすみ、けれども、半身不随になってしまいます。残りの生涯を車いすで過ごすことを受け入れられずに散々メイちゃんたちを困らせた末に、やっとのことである種の納得に行き着いて、そして十九歳のお誕生パーティーを迎えることになります。一寸先はわからないものですね。 もしもお誕生日パーティーが始まったところでエンドロールに変わったならば、なかなか感動的なストーリーだったはずなのに。
そう、感動的なシーンというならば、昏睡状態で病院のベッドに横たわる Auer くんの頬を、「このばかー!」と叫びながら思いっきりひっぱたいたメイちゃんの泣き顔は、なかなか素敵でした。このシーンを見ることが出来たなら、Auer くんも本望だったのでしょうが、残念なことに、本人は知らないのです。でも、あの、すべてを「思い出して」、すべてを受け入れるような表情をしている瞬間、あの瞬間にはこんな知らないはずのこともすべて、「思い出して」受け入れているのでしょうか。これは謎です。
こんなことも色々あったからなのでしょう、偉大なる誕生日神である私は、だんだんと「孫を見守り続ける死んじゃったおばあちゃん」のような存在になっていたのです。四人を見守り続け・・・ それなのに最後のお誕生パーティーは容赦なく近づいてきたのです。
恥ずかしいことですが、本当に取り乱してしまいました。どう考えて良いのかわからなかったのです。「死ぬ」のではなく、「終わってしまう」ということが何なのか、わからなかったのです。でも、本当はそんなことよりも、彼らと別れたくなかったのです。
この永遠の繰り返しがずっと続くことが彼らの幸せなのか、と言われると、そうとは言い切れません。ではこの繰り返しが彼らにとって不幸なのかというと、そうとも思えないのです。ストーリーは色々あっても、あの表情のエンディングから振り返ってストーリーを再生すると、「悲劇」とか「不幸」という意味が分からなくなってくるのです。だから、「彼らにとって」という問題は微妙なのです。
けれども、「私にとって」ということならば、それははっきりしていました。その頃の私は、もうどうして良いか分からなくなる程の寂しさの沼に埋まってしまっていたのです。彼らにとって「終わり」が何かは不明でも、私にとって「終わり」は実にはっきりしていたのです。つまり、私は生き続けなければならないのに、彼らは存在しなくなってしまうこと。
どれほど避けたくとも、その時はやってきます。あり得ない程の早さで。そして私は、カーテンの陰から姿を現します。
不思議な光景でした。彼らはいつも通りでした。ただ一点違うところは、彼らは、彼らの本当に大切な最後の一瞬なのに、私のことを気遣ってくれたのです。私はその一瞬に彼らが言おうとしたことが、はっきりわかります。
「だいじょうぶだよ」
次の瞬間、視界はすべて真っ白な光に変わりました。強い光なのですが、フラッシュのようなまぶしい光ではなく、真っ暗な森の水たまりに差し込む月の光のような清純派の光。それは一瞬のことで、次は、そう、なんと表現したら良いのでしょう。南フランスのヌーディストビーチで日光浴するお姉さんの胸元を飾るルビーの中に紛れ込んでしまったような赤い世界。そして、「なんでこんな時にヌーディストビーチ?」と疑問が浮ぶよりも早く真っ黒な世界(しかしどこまでも見通せる真っ黒)に変わってしまいました。そして、せっかく「どこまでも見通せる」のだから彼らの姿を見ようとした途端に[宝石箱をひっくり返したような]色とりどりにまぶしい光の粒が部屋中を埋め尽くし彼らを探す視界を遮り、慌ててまぶたを閉じて目をこすって(これもほんの一瞬なのに)、パーティー会場に彼らを探すのですが、すでにその姿はありませんでした。これで、すべて終わったのです。