彼らの誕生日
私は誕生日神。受け持ちは十九歳。
誰にも気づかれないようにそっと十九歳の誕生パーティーに紛れ込み、小さな贈り物を置いてくるのが、お仕事なのです。
「贈り物」は本当に様々。セミの抜け殻だったり、水まきのシャワーに現れるちょっとの間の虹だったり、普段は通り過ぎる駅での途中下車、そして小学校の時の女友達との再開といった「ものでない贈り物」まで各種取りそろえ。だから、「お値段」は関係なく、「贈り物」がもたらす結果も人それぞれなのです。全く贈り物に気づかずに終わってしまうこともあるし、その生涯を大きく変えることもあるけれど、本当のことを言うと、どの「贈り物」も一生を変えてしまう可能性を持っているのです。違いが出てくるのは「贈り物」が何かではなくて、それを受け取る人がどう受け取るかということ。
そうなのです。確かにそうなのですけど、 クララさん、メイちゃん、Auer くん、Katz さん この人たち四人の場合、受け取る側にとって、どう受け取るかという違いはなかったのです。この人たちへの贈り物は「死」だったのですから。
こんな「贈り物」は彼らだけです。そしてもうひとつ、贈り物を「何回も」受け取ることになるのも、彼らだけなのです。この四人は十九歳の誕生日に「死」を受け取り、そしてそのたびに、同じ名前で再び生まれ十九年の生涯を何遍も生きたのですから。何回も何回も、違った場所で違った生涯を。
クララはいつでも Clara Whitney という名前で、でも、姐御タイプのメイちゃんは多少いい加減な人らしく、フルネームは不詳。しかも、「メイちゃん」だけでなく「ウサさん」と呼ばれたり「ウサメ」さん、「サロメさん」と呼ばれたり、どうも一貫性を欠いているのです。Auer くんと Katz くんと言うのは名字なのか名前なのか定かではないのですが、まあ、それなりに首尾一貫して、ずっとこの名前です。
名前はどの生涯でもそれなりに共通だったのですが、容姿、性格、体格、生まれ、運動能力、学力、女子力、男の子力となると、一貫性は全く無し。しかも、生まれた時代も、今回は中世、その前は、紀元前、更にその前は十九世紀初頭と、てんでバラバラ、時間的前後関係すら守られていないのです。でも、まあ、彼らは「前世記憶」などというものは無しに生きているわけですから、時間的順序を無視しているのは彼らではなく、誕生日神である私の方(と言うか、私を派遣する Es )なのかもしれませんが。
さて、問題は「どの国の人たち?」ということです。名前の響きからすれば、ヨーロッパ圏なのでしょう。しかも、彼らが生まれてそこで暮らし、そして死のお誕生日を迎える舞台には、「プロイセン」とか「トリエステ」とか、「ケニルワース」、「シグツナ」と格好いい名前がついているのですから、「どの国の人たち」などと悩む必要はないように思うでしょうね。しかし、なのです。クララさんやメイちゃんがそのお相手(二人の男の子のどちらか)とファーストコンタクトをぶちかますシーンなのですが、そこにはあの特殊行動、即ち「トーストをくわえて家から飛び出してきてドシン!」が、何遍となく登場するのです。しかも、女子高生なのにセーラー服(脱ぎやすいように作られた水兵服)を着ているという粋な設定で! ご存じのように、このような事象が発生するのは日本においてのみです。でも、彼らは西洋人です。それは容姿から明らか。
どういうことでしょうか。正解は知らないのですが、たぶんこんなとこでしょう。つまり、ホビットがあちこち歩き回る首尾一貫した世界を作り上げた人が居て、ナーニャとその周辺国のようなそれなりに首尾一貫した世界を作り上げた人が居て、「神話」という余り首尾一貫していないけれどそれなりの世界がある如く、日本国においてはコミックアニメ複合体という、ナウシカ好みの(このナウシカは、オデュセウスに登場する元祖ナウシカや、ましてや彗星の名前ではなく、あのナウシカです) 腐海集合菌類団のような複合生命体が作り上げた「あの世界」がある、ということなのです。つまり、ナーニャの如き、もしくはホビットの歩き回るエリアドールの如き「あの世界」において「ウォーリック」が登場しても、それは「あの世界のウォーリック」であり、だから、ウォーリックの原住民であるはずなのにどことなく日本風であったとしても、不思議ではないのです。つまり、彼らが生きているのは「無国籍」世界なのではなく、「あの世界」ということです。
さて、こうして「あの世界」に彼ら四人は生まれます。同じ誕生日で同じ時刻に、でも、生まれる家庭には共通点はありません。つまりお金持ちなのかお姫様なのか、羊飼いなのか森林警備隊なのか、靴屋さんなのかF1ドライバーなのか,女騎士なのかオークなのか、とにかく四人の生まれる家庭は本当にまちまちなのです。たまには従兄弟同士とか、もっとありふれてお隣さんとか、そういうこともあるのですが、大抵は出会うチャンスなど無さそうな四人の新生児として生まれます(どうせ出会ってからがテーマですから面倒は省略して、思春期辺りから始めても良さそうなものですが)。 そして、どんな場合でも、四人は知り合いになって、お誕生日も「お誕生時間」も同じということに気づいてびっくりして、そして、
毎年一緒にお誕生パーティーをしましょうね
と約束することになるのです。「毎年」ということについて言うならば、この約束はたいていの場合、守られません。けれども、十九歳のお誕生パーティーだけは、どのような仲違いや失恋を経てであったとしても、必ず一緒に過ごすことになるのです。そうですね、彼らはそこで死ぬのですから。