裸(?)の王様
まあ,普通のストーリー
その国の王様は,お世辞にも賢いとは言えないお方で,絵本の挿絵でよく見られる「ちょっと太めと言うよりは太ったと言うべきボディー」のお方でした。つまり,普通の設定で始まります。
念のためにお断りしておきますが,「賢いとは言えない」ということと,「太った」ということの関連を主張するつもりは,毛頭ありません。描写をするのも面倒なので, よくあるお話から設定を流用してね とお願いしているだけです。
「お世辞にも賢いと言えない」という表現は,ちょっとまずかったかも知れません。当然のことながら,王様の臣下は皆,「王様は賢い」とお世辞を言っていたわけですから。まあ,この辺りは「言えない」の主体の問題ですが,そんな理屈ぽい話にはしたくないので,先に進みましょう。
普通の設定のとおり,異国の商人遠方より来たりて衣服を提示し・・・・・・いや,この場合は衣服を提示することなしに「衣服を提示している」と宣うわけです:
「賢明なる王様,このいとゴージャスにして華麗なるお洋服を御覧下さい!」
王様は,「この商人は何を言っているのか」と不思議に思いましたが,臣下の目もあります。穏やかにこの怪しげな商人に尋ねます:
「そちは何も持っていないではないか。」
商人はいかにもびっくりしたという顔で,だがちょっと間を置いてから少し声を潜めて:
「賢明なる王様にも今のところ見えないのには,理由があるのです。およそ,人の認識というものは周囲との同調を引きずるのであって,このように大勢の臣下が控えている場では,賢明なる王様と雖も,目が曇るものなのです。」
「どうぞ,そちらの間に移って賢明なること比類無き王様だけに見ていただきたく。」
王様は,商人と二人っきりになったのですが,当然ながら,衣服らしきものは見えてきません。それなのに,「いとゴージャスにして華麗なるお洋服が見えてきたでしょ?」と見せびらかす商人の演技は,それはそれは見事なもので,そして,囁きかけます:
「うっすらと見えてきたでしょ。愚者には見えないこの服が。」
だが,王様は意外に正直なのです。
「見えん」
商人は粘り強く囁き,王様は意外に抵抗します。
「だいじょうぶです。 すぐに見えてきます。賢明この上なき王様ですから。」
「お前は,暗示にかけようとしているか! 怪しからん」
「いいえ,賢きことこの上なき王様。並の賢い人間ならば,賢い人間は暗示にかかりやすい,と暗示するだけで暗示にかかるものです。だが王様の如き賢きことこの上なき賢きお方は,如何なる手段によっても暗示になどかからぬものなのです。暗示など,とんでもない。暗示など無意味です。暗示ではありません。暗示など,絶対に,絶対にかけようがないのです。大丈夫ですよ。賢きことこの上なき王様。もう,うっすらと見えてきたでしょ?」
王様は気づいていないのですが,実は,王様は気の毒な境遇に置かれているのです。臣下のものたちは,「王様は賢い」と口々に褒め称えるのに,王様が「このようにはからえ」と命じると,御命令を直接賜った家臣は敬服の至りとばかりに「いと賢明なるご判断」を褒め称えるのに,どこでそうなったのか,それは全く違う形に変わって実行されるのです。そんなことばかりなので,御自分でも気づいてはいないのですが,王様は判断というものに全く自信を持てなくなってしまったのです。結局はそうなるのだから,家臣の考えを察して自分の考えのように受け入れてしまわないと,世の中が理解不能なものになってしまうのです。まことに,お気の毒でございます。
なんだか,服のようなものが見えているような気がしてきます。
「うむ,少し見えてきたぞ。」
まあ,そんなところで,ここからも色々とやり取りがあるのですが,それは商人にまかせて,先に進みましょう。
「こ,これも脱ぐのか?」
「大丈夫ですよ。何もしないから・・・・・・じゃなかった,いと賢明なる王様,こちらの,決して蒸れることなき下着,その肌触りは春の午睡の頬をなぜるそよ風のよう,この空気の如き肌触りの下着こそ王様に相応しく。どうぞ,これにお着替え下さい。」
男が二人っきりで密室に籠もり,怪しげにゴニョゴニョと囁き合いながら,なんとか,お着替えを終えました。いや,お着替えと言って良いのだかどうだか。脱いだことは確かなのですが。
「それでは王様! 御臣下の方々にお披露目を!」
「まて,待つのだ!ちょっと,待て!」
王様は慌てています。なにしろ,自分には服は見えないのですから。
ここが勝負の分かれ目です。商人の行動は迅速です。
「偉大なる王,賢きことこの上なき王様の大海の如き精神の奔流は,愚者の心に浮かぶ愚か故の映像を瞬時に洗い流し,愚者と雖もこのいとゴージャスにして威厳溢れるお召し物を賞賛するでありましょう。さあ!」
商人は,王様の言葉を待たず,一気に扉を開け放し,パンツすら履いていない王様は,その玉体を臣下一同にご披露するはめになりました。
「さあ,御覧下さい!いと賢明なる王様の,いとゴージャスなるお召し物を!」
しかし,王様も気の毒ですが,家臣も気の毒なのです。王様がなにを言っても,その場ではその「お言葉」を(取りあえず)受け入れておく,という長年うまく行ってきたやり方に染まっていたため,初動でミスってしまったのです。
「ご立派なお姿! 見事なお召し物!」
商人は褒美を受け取り,そして後の展開は,伝えられている物語そのままです。省略しましょう。
賢い王様
その王様は,本物の賢者でした。その賢さは,他の人たちと比べてすごく賢い,などというものではなく,何と言うべきか・・・・・・とにかく賢かったのです。
賢王が治める王国ですから,領民は賢王を称え王国は平和そのものでした。けれども,王様は寂しかったのです 「一人だけでも良い。普通に話せる相手が欲しい。」 なにしろ王様はとてつもなく賢かったので,誰と話すにしても相手の言うことは予め予想できてしまい,また,相手の愚かな間違い(王様のようなスーパー賢者から見れば愚かな,ということです)にも気づくのですが,だからこそ傷つけないように目一杯配慮しながら,「会話」というものをしなければならなかったのです。
王様を称える臣下はいても,王様にとっての話し相手になってくれる者は,いないのです。王様の話し相手のつもりの家臣ならいるのですが,それはその家臣がそう思っているだけで,王様にとっては,「王様の話し相手」の話し相手になることも,仕事のひとつだったのです。まことに,お気の毒です。王様が次第に不良化していったのも,やむを得ぬ事なのでしょう。
王様は,妙な「研究」に没頭しました。「研究」と言いましたが,今で言うところの自然科学的な研究とは雰囲気が違います。当時,物質の世界については今ほど知られていなかったので,物質の世界の原理を物質の世界の中に求めるのではなく,物質の世界の原理を精神世界の原理の反映として追求する,というやり方が主流だったのです。王様は,「ものが見える」ということの根源を,「もの」と「目」に求めるのではなく,「ものが見える」ときの心に求め,ひたすら心の研究をしたのです。 そして, 賢者にしか見えない布 という困った発明をしてしまいました。全く,ろくでもない発明をしたものです。
さて,これをどのように使ったら良いのでしょうか。この布を見せて,「見える」と言う人を探せば,今まで探し求めた「本当の話し相手」に出会えるかも知れません。だが,臣下や領民というものは,ご主人様の感情には敏感なものです。おそらく,こんな試験みたいなやり方では,多くの人を傷つけてしまうでしょう。
王様は,この布で服(もちろん下着も)を作り,それを着て歩き回るという暴挙に出ました。不良化が,突沸したのでしょう。
臣下と領民のほとんどを占める(もしかすると,全部かも知れません)「愚か者」に御自身のヌードを披露することになるのは必然です。そして王様は賢者であっても,人に自慢できるようなご立派なお身体の持ち主ではなかったのですから, お身体を,つまり全体としての身体を,もしくは,なんらかのパーツを見せびらかしたかったのだろう などと考えてはいけません。もっとも,「見せびらかす」という変態行為と「ご立派な」との相関は無い,という有識者の見解もあるのですが。
兎に角,この王様に限って言えば,見せびらかしたかったのではありません。
王様にとって,恥ずかしくて,みっともなくて,滑稽な行為であることは百も承知なのに,それでも,やってしまったのです。それは,「話し相手が欲しい」と「恥ずかしい」を比較した結果なのでしょうか。おそらく,そうではありません。あまりにも「良い子」を続けてきた王様は,不良化して自爆行為に出たのでしょう。王様自身がどのように思おうと,そして賢者であろうと無かろうと,これは典型的な自暴自棄の自爆行為です。
端から見れば,自棄になっての自爆なのですが,「裸の王様」(本当は服を着ているのに)からきまり悪そうに目を背けて,「立派なお洋服でございます」と蚊の鳴くような声で言う領民の中を歩き回り,王様は悲しかったのです。誰も,服を着ていることに気づかないのですから。そして 「王様は裸だ!」 と叫ぶ少年の声。ほっとします。王様は悲しかったのですが,それでも,偽りの褒め言葉を聞き続けるよりはましです。ようやく,みんなも;
「王様は裸だ!」
「王様は裸だ!」
もはや賢王ではなく「変な人」。
後は自然な成り行きに従って,王様は国を捨てて隠者になることができたのです。
不良商人
王様は隠者になりました。しかし,いきなり隠者になっても孤高に満足できるのものではなく,話し相手が欲しいという気持ちは,日に日に強くなっていきます。そして,やけな行為をしてしまうと,不良化は急速に進んで行くものです。
他者の気持ちを傷つけまいと,あれほど配慮して生きてきた元賢王も,王という仕事から解放されるのと一緒に,他者への配慮も捨ててしまったのです。
元賢王は,隠者を止めて怪しげな商人になり・・・・・・最初の話に続きます。
さて,愚かな王様に「いとゴージャスなお召し物」を売りつけたこの商人は,報酬を受け取ると宿に帰って身なりを変え(つまり捕まらないように変装して)成り行きを見届けました。そして,次の王国に向かう旅の途中で,遠くに見える城を振り返って,寂しそうに言いました。
ここにも賢者はいなかったか。何時になったら。
そうなると,最初の話も「裸の王様」と言い切れるものやら。
蛇足
けっこう綺麗に終わらした(つもり)なのに,蛇足を:
ある王国に,賢い少年がいました。ある日,少年は,なんとも不可解な出来事に遭遇したのです。
まず,王様が見たこともないようなゴージャスな服を纏って,市場に現れます.周りの人たちは,王様の服を褒め称えています。ところが,ひとりの子供が突然,「王様は裸だ!」と言い始めたのです。なぜ,そんなことを言ったのかは,分かりません。もしかしたら,なにか比喩的な意味で言ったのかも知れませんが,そんなややっこしいことを言う歳とは思えません。さらに不思議なことに,周りの大人たちも,「王様は裸だ!」と言い出したのです。全く,不可解です。
少年は,大人になるまでずっと,この出来事について考え続けました。ややっこしいストーリーをいくつもいくつも,考えたのです。そして作家となり,「裸の王様」というお話を残したのでした。
この元少年は賢かったので,お話を作るときに気をつけたことはひとつだけ:
後々までずっと残るお話は,単純でなければダメ。
そうです! 賢かったのです。大体,ああでもない,こうでもないと散々ややっこしい展開を図るストーリーは,ものごとをややっこしくしたいだけの人の,賢さからは遠い自己満足に過ぎないのです。いわんや「蛇足」などを付けたくなるストーリーは,要するに 単純な「お話」があってこそ成立し得るお話 の蛇足なのであって,この部分が蛇足なのではなく,蛇足がついているようなこの話そのものが,蛇足も含めて蛇足なのです。