Lady Godiva の物語
ここで言う「ゴディバ」は,ベルギーのチョコレートではありません。イギリスの伯爵夫人ゴディバさんのことです。彼女は,かの暴虐のレオフリック伯爵,彼女の夫であり重税により領民を苦しめ,慈悲深き彼女の度重なる願いを断固として拒絶する,この暴虐極まりない夫から免税を勝ち取るために,馬に乗ってヌードで町を一周したのです。言わば,tax-free Lady なのです(うん,ちょっと違うな)。
ヌードで一周すると税金が安くなる(免税でなく減税でした)というのは,経済学にそぐわない話なのですが,これは,夫が「どうせできっこない」と思って提示した御無体な条件の結末なのです。つまり,伯爵様は,ど根所試しの賭けに負けたのです。
それでは領民は,減税と「高貴なお方のヌード」の両方を享受したのかと言うと,そうではなく, 家に閉じこもって慈悲深きゴディバ様のお姿を見ないという,限りなく我慢強い行動を取った と言われています。ただし,トムという名前のひとりの男を除いて。このトムさんは節穴から外を覗き,その罰当たりな行為により視力を失い,そして「ピーピングトム」という称号を後世に残した・・・・・・というお話です。
けれども,世の中にそんなうまい話はないものです。レオフリック伯爵は,領民には暴虐であっても,ゴディバにぞっこんであり,そして彼女の性格をまことに良く理解していたのです。彼女はとても恥ずかしがり屋で,絶対にそんな大胆なまねは出来ないのです。
これは,彼女の羞恥心と彼女が領民を思う心を比較してどうのこうの,という話ではなく,息を止めて死んでみろと言われても出来ないのと同じで,そんな恥ずかしい行動は,彼女には無理だったのです。
そんな恥ずかしがり屋のゴディバさんですが,それでも,馬小屋に降りてきて,これからそれに乗ってヌードで町を一周することになる馬さんを見上げて,そして彼女の服を脱がすために侍女がカートルの紐をほどき始めたその時までは,断固としてやり遂げる決心で燃えていたのです。それなのに,ゴディバさんは思わず侍女の手を払いのけ,顔を覆ってしまいます。
その時,レオフリック伯爵は城の壁裏に隠された秘密の通路を使って,のぞき穴からゴディバさんの様子を見ていました。彼女が,侍女の手を払い退けては再び脱がせるように命じ,また払い退けては真っ赤になって顔を覆い,と繰り返す姿を覗いて興奮しています。伯爵は,そんな彼女が大好きで,可愛くてたまらないのですが・・・・・・議論の余地なく困った人です。
ただし,伯爵のために少し弁護すると,伯爵は既に,勝負の結果などには関わらず,彼女の願いを叶えてやる決心をしていたのです。そして,その準備を部下に命じていました。 もう少し,彼女の可愛らしい右往左往を堪能してから,あきれた顔で姿を現し寛大にも願いを叶えてやり,その当然の帰結として 「レオフリックさま!だーいすき!」 と飛びついてくるさまを想像して,それはもう,顔はニヤニヤして気持ち悪い奴です。幸いにも,秘密の通路なので誰にも見られていませんが。
その時,服を脱がそうとしては払いのけられ,また脱がそうとしては払いのけられと,ご主人様に同情することはこの上ないのですが同時に少々イライラしてきた侍女Aとは別の侍女Bが,とんでもないプランを思い付いたのです。侍女Bは,ゴディバ様お気に入りの見習い少年騎士を連れてきます。そして,今で言うところのプラカードをいくつか用意して,それから少年騎士の服を脱がして,そしてゴディバさまは着衣のままで,お出かけに取りかかりました。
領民たちは,万一ゴディバ様が本当にヌードで登場なさったときに備えて,それぞれの家に閉じこもっていたのですが,外の気配は様子が違います。ゴディバ様のヌードをまともに見てしまわないように慎重にですが,外を見るとゴディバ様は,いつもの質素で上品な服を着ていらっしゃるようです。領民たちは,安心して往来に出てきます。
先頭は,少年騎士がヌードで馬に乗り(ヌードなのに騎士だとわかるのは不思議に思うかも知れませんが,戦闘用の大柄な馬に乗るのは騎士階級と決まっているのです),そして, わたしは全裸 と書かれたプラカードを高々と掲げています。
その後ろには,貴婦人用の上品なお馬さんに乗った着衣のゴディバさまが続き,やはりプラカードを, MeToo! と書かれたプラカードを掲げています。
まず,察しの良い領民のひとりが設定を理解し, 「ゴディバ様は裸だ!」 と叫びます。奇妙な光景に驚いていた領民たちも,だんだんと分かってきます。領民は皆, 「ゴディバ様は裸だ!」 とか 「伯爵婦人は裸だ!」 とか叫んでいます。
「わしらが税金で死んじまわないように,ゴディバ様が!」
「わしらのために,こんな恥ずかしいことを堪えていらっしゃる!」
もう,これは悪乗りです。ビールを持ち出す奴まで出てきます。こうなると,悪乗りは留まるところを知りません。女達は, ゴディバ様だけ恥ずかしい思いはさせない! ということなのでしょか,乙女も婆さんもぞろぞろと行列を作り(念のためですが服は脱いでいません),それぞれ,そこらの看板の裏やシーツなど,つまりプラカード状の物体に MeToo! と書いて,掲げて行進しています。実に楽しそうです。伯爵夫人も,嬉しそうにニコニコしています。
城では,秘密の通路から抜け出してきた伯爵が,屋上であきれ果てています。せっかくの計画はパーになってしまいました。まあ,こうなったら,いかにも「負けた」という顔でもして,しぶしぶ要求に応じてやるしかありません。
こうして,みんなが幸せになって話が終わりそうなものなのですが,まことに残念なことに,やはり犠牲者も出てしまったのです。
ケンタルスという名の少年がいました。彼は,この計略を思い付いた侍女Bに匹敵するほどの頭脳の持ち主でした。それなのに,いわゆる「空気の読めない奴」だったのです。
「みんな,何を言っているの?」
「ゴディバ様は服を着ているよ!」
こんな声が御領主様に聞こえてしまったら,と言うか,せっかくの MeToo! 運動 に水を差されてしまったら,減税デモの圧力は削がれてしまいます。なんとか黙らせようとします。
「ケンタロー! ゴディバ様は裸なんだ!」
(ケンタルスがケンタローに変わっていますが,いい加減な俗ラテン語なので,気にしないことにしましょう)。
カーニバルでもなんでも,ご陽気な祭りの路地裏には,暴力が潜んでいます。ケンタルス君は,既に危険な状況に置かれているのですが,空気を読めないケンタルス君は止めません。そして,最悪の言葉を使ってしまいます:
「この目で見ればわかる! ゴディバ様は服を着ている!」
そして,ケンタルス君は,反省した町の人たちに助けられながらとは言うものの,視力を失った生涯を送ることになってしまったのです。