陰謀論
1-1. まあ普通のいわゆる陰謀論
陰謀論のテーマは各種様々ですが,いずれも極端な展開を好み,また,論拠(らしきもの)を積み上げれば積み上げるほど無理が目立つ,このふたつの点においては共通しているようです。
陰謀論者となるためには,友達(がいれば友達)と,それまでに得た信用(があれば,それ)を失う覚悟をして,残りの人生を賭けて突っ走る覚悟が求められます。
要するに,陰謀論者となる不利益は大きいのです。 それ以前に,本屋でとてもエッチな雑誌を買うのと「月刊ムー」を買うのと,どちらが恥ずかしいか迷うようでは,陰謀論者としてデビューするのは無理です。
それでは,このハードモードの陰謀論,ちょっとやってみるのは無理な陰謀論を
甲種陰謀論
と呼ぶことにして,
これから,もう少しイージーモードの陰謀論
乙種陰謀論
を紹介したいと思います。と言っても,勧めている訳ではありませんが。
1-2. 常識的理解
外部とのギャップ
陰謀論は,常識的見解と対立します。陰謀論が誤りであるのはもちろんですが,それでは,その陰謀論と対立する常識的見解は,正しいのでしょうか。
なんらかのテーマを固定して考えてみましょう。
そのテーマについての甲種陰謀論と常識的理解を比較した場合,大抵は常識的見解に軍配が上がります。これから紹介する乙種陰謀論と常識的理解と対決させたとしても,やはり,常識的見解の説得力が上回ることが多いでしょう。そして判定に迷う場合でも,常識的見解を捨ててまで陰謀論を採用するほどに陰謀論が説得力を持つことは,あまりないのです。
確かにその通りです。ひとつの陰謀論と常識的見解を対立させている限りでは。
しかし,その陰謀論の否定が,ただちに常識的見解が正しいことを意味するわけではありません。
例えば「何らかのテーマ」が,ある特定の企業のある特定の年度の新卒採用とか,高校や大学の入試出題・採点とか,そういったものだった場合を考えてみましょう。多くの場合,採用側の実務担当者は, 外部の常識的理解とのギャップ という「秘密情報」を保持しているのではないでしょうか。これは外部に漏らしてはいけない内情なのです。場合によっては,「外部」には監督官庁のみならず,自社の社長や学長といったトップも含まれるのでしょう。実態と公式な説明の間には,かなりの食い違いがあると思っておくべきです。
公式見解を素直に受け取った理解が正確でないという点では,極端に言うと常識的理解が間違っているという点では,陰謀論者が正しいのです。ただし,その陰謀論者の主張する「裏の真相」は,常識的理解以上に真相から遠いのですが。
「おいなりさま」のラッキーナンバー
もっと抽象的な例を考えてみます。
「おいなりさま」が,来年度のラッキーナンバーとして 自然数の一つを,つまり1,2,3,4,... の一つを,秘密のうちに選びました。神主さんがそれを盗み見して,そっとメモっておいたのです。
その神主さんは,まあ色々と怪しい行動の多いお人だったので,神主さんがラッキーナンバーを知っていて先行投資しているのではないかという「陰謀論」が発生します。
ある人は,神主さんが三十七歳の人妻とすれ違ったときに嬉しそうに振り返っていたのを見て,「神主はラッキーナンバーを知っていて,そのラッキーナンバーは37」という陰謀論をでっち上げ,さらに「神主は素数を数えていた」とか「オイラーがどうのこうのとか言っていた」など,様々な根拠を主張し(陰謀論の常として,どんどんむちゃな主張になっていきます),また,ある人は・・・・・・面倒になったので具体的な内容は省きますが神主の知っているラッキーナンバーは33 だという陰謀論を主張し,という具合に,氏子衆は楽しく騒ぎまくっていたのです。
新年を迎え「おいなりさま」がラッキーナンバーを発表するのですが,もちろん,すべての陰謀論は間違いであることが確定します。そして名主様からのお叱り:
甲種陰謀論の行き着く先は,まあ,こんなものでしょう。
一般に,「常識的理解」に納得できず, なにかがおかしい と気づいたとしても,それでは なにが真相なのか となると,それは推理する以外ありません(推理と言うよりは想像,妄想なのでしょうが)。残念ながら,そのような「推理」で辿り着いた「真相」は,ほとんどの場合,外れなのです。誤った「真相」を主張して,主張に拘れば拘るほど硬直化して,甲種陰謀論者となって行く羽目に陥ります。
せっかく,何かおかしいと気づいたのに,これでは残念です。
「ラッキーナンバー」の例ならば,神主さんが知っている(はずの)数値まで具体的に言及することはせずに,「神主さんは盗み見をして数値を知っている」とだけ主張すれば良さそうなものですが,まあ,それだけでは,陰謀論としてのインパクトを欠くのでしょう。こんな弱腰の主張では「いつもの悪口」として聞き流されるのが関の山。
一方,具体的な数値まで主張すれば,お正月に真相がわかるというワクワク感が,陰謀論を盛り上げてくれます。
「神主さんの陰謀」に気づいた氏子は,どうすれば良かったのでしょうか。
そうです! ここで乙種陰謀論の出番となるのです!
と言っても,勧めているわけではありませんが。
乙種陰謀論心得の条
甲種あってこその乙種
陰謀論というものは,控えめに妥当な議論を志せば志すほど,インパクトが弱くなります。確実な情報源を提供できない以上,所詮は可能性に過ぎません。「そういうことも,考えられないわけではないですね」という二重否定表現でやんわりと片付けられるのが,関の山です。これでは,議論のテーマとなるのも無理。
甲種陰謀論の最大の強みは,その強引さ(とワクワク感)です。強引な姿勢により,可能性の一つでしかなかったストーリーを,そのストーリーが真か偽かという判断の議論に持ち込んでしまうのです。
甲種陰謀論の強引な力を利用しましょう。暴走する甲種陰謀論のスリップストリームに入って「常識的理解」という空気の抵抗を逃れながら,乙種陰謀論を主張しましょう。 甲種陰謀論のストーリーを利用して,乙種陰謀論を作り上げるのです。
あたかも聞く耳を持つかのように
甲種陰謀論の議論は硬直しています。陰謀論者は主張するばかりで,聞く耳を持たないのです。良識派は,とことんうんざりしています。そして,聞く耳を持たない陰謀論への反作用として,良識派自身,もはや聞く耳を持たなくなっています。何と言うのか,両者の間で「聞く耳を持たない力」という力のバランスが保たれているようなものです。
ただし,その良識派が(多少なりとも)ソクラテス的対話の世界への憧れを持っているならば,「聞く耳を持たない力」を発揮するにはエネルギーが必要なのです。一方,天性の「聞く耳を持たない力」を備えた陰謀論者は,いかなるエネルギーを消費することもなしに「聞く耳を持たない力」を発揮することができます。つまり,両者の力のバランスは,ブロック塀を押している人間とブロック塀との力のバランスのようなものなのです(人間にとってはストレスなのです)。
だからこそ,甲種陰謀論の主張をほんの少し緩和するだけで,一瞬の力の空白が生まれ(ストレスが解消され),その結果,ちょっと話を聞いてみようかという気になるはずです(たぶん)。
甲種陰謀論で「陰謀としてやったこと」として主張している「作業」を,少し減らしましょう。
例えば, 9月11日の三つのビルの倒壊は,爆発物が仕掛けられたことによる という甲種陰謀論ならば,乙種では 爆発物により倒壊したのは,飛行機が突っ込んでいない三番目のビルのみ と,陰謀作業を減らします。
ここでも,「三つのビルに爆発物」(という甲種陰謀論)からスタートしている必要があります:
確かに。君の言う通り,飛行機が突っ込んだ二つのビルに関してならば,倒壊は火災により鉄の強度が失われたせいかもしれない ← この「聞く姿勢を見せる」ことがポイント。
でもね,三番目のビルでは火災は発生していないんだ。
硬直した姿勢にうんざりしている相手は,もはやまともに話は聞く気は無かったのです。だからこそ,この意表を突いた柔軟性が効果を発揮するのです。ようこそ,乙種陰謀論の沼地へ!
「やった」から「知っていた」へ
しかし,爆発物を仕掛けたビルの個数を減らしたところで,ストーリーの(常軌からの)逸脱度は,大して変わりません。 飛行機を突っ込ませることまで含めての大変な「作業」の中では,爆発物を仕掛けることなど地味な「付帯的作業」に過ぎないのです。
単に量的な程度を落としただけでは,弱気が目立つようになるだけで効果はありません。質的変化が必要なのです。
シキマ会の陰謀
話を整理するために,と言うか表現を穏健にするために,甲種陰謀論者が想定している「作業」の実行機関(もしくは,個人)を シキマ会 と呼ぶことにしましょう。お好みにより,なんでもお好みで置き換えて下さい:
枢機卿,マルタ騎士団,300人委員会,町会連合,杉並文具協会会長,その他
ビルに突っ込んだ飛行機の操縦者(とその所属)については,「世の中の一般的見解」と一致しているとします。 問題になるのは,次の点です:
- シキマ会は,操縦者を操ってテロを実行させたのか
- シキマ会は,テロの計画を知っていただけなのか
操縦者を操っていたのなら,つまり,テロそのものの実質的実行者がシキマ会ならば,爆発物は一種の「保険」であり,それが仕掛けられていたビルの個数など,大した問題にはなりません。
個々の陰謀論のストーリーは猫の数ほどあるのでしょうが,面倒なので,甲種陰謀論者が「爆発物が仕掛けてあった」に拘る理由として,以下の流れを想定しておきます:
- 倒壊の様子が,衝突に依る火災の結果とは思えない
- 飛行機が衝突していない三番目のビルも,火災が発生していないにも関わらず同じように倒壊している
- したがって,倒壊は(衝突によりいずれは倒壊するかは別として),仕掛けられた爆発物によることは明らか
- 予め爆発物を仕掛けることができるのだから(それが保険として仕掛けたものであろうと),飛行機に依るテロも含めて,計画して実行されたものであるはず
これだけでは実行機関の特定には結びつかないのですが,実行機関が不明のままでは迫力を欠きます。したがって,甲種陰謀論は必ず,実行機関を示唆することになります。ここでは仮に,それをシキマ会とよぶことにしているわけです。
シキマ会は知っていた
甲種陰謀論がこのような主張をしているのだから,爆発物により倒壊したビルの個数を減らしただけでは,陰謀論の骨組みは変わりません。乙種陰謀論に格下げするためには,まず最初に,
シキマ会は,テロの計画を知っていただけ
とする必要があります。
これにより,ストーリーの現実味は,かなり増加します。(犬好き)総統を操ってゴディバさんの町を爆撃させる(猫好き)宰相は想定しづらくても,総統がその町を爆撃しようとしているという情報を握りつぶす宰相ならば,考えられます。
さらに,後者のストーリーならば,情報の信頼性や実行日時の幅,爆撃に対応した場合のデメリットの大きさなどの変数により,宰相の判断がどの程度「やむを得ぬ決断」であったかが左右されます。乙種陰謀論者は,状況に応じて,ストーリーのインパクトと「陰謀論くささ」のトレードオフを選択できるわけです。
巻き添え風のビル倒壊ならば,乙種陰謀論では次のようなストーリーを組み立てることになるのでしょう:
シキマ会の下に,あの超高層ビルに航空機を突っ込ませるテロが計画されているという情報が流れてきました。決定的な情報ではないし,また,日時がわかっている訳でもありません。さて,シキマ会は,二棟の超高層ビルの側に古いビルを持っていたのです。テロの巻き添えで全壊すれば,保険金は入るし,撤去の費用もかからないので,御の字です。でも,もし中途半端な被害だけを被ったら。使い物になら半壊ビルが残り,保険金は満額ではなく,しかも,半壊ビルの撤去費用もかかります。これは最悪。 シキマ会は考えました。そうだ!爆薬仕掛けておこう。超高層ビルの崩落にタイミングを合わせて「巻き添えでの倒壊」を確定させちゃいませう。
ついでに言うと,シキマ会は秘密保持が甘く,また,不幸にして「爆破による倒壊」と超高層ビルの倒壊が似たようなスタイルになってしまったため,色々と厄介な問題を引き起こしてしまったのですが,それについては忘れましょう。
乙種陰謀論にすると,こんなものです。甲種の後出しで語ると,なんとなく説得力があるでしょ?シキマ会はない
組織の統制
甲種陰謀論で一番ワクワクする核心部分は, 影の組織とそれを指揮する総裁 ですね。
コルレオーネファミリーならば,ドン・コルレオーネが完璧に指揮しています。しかし,これは小説です。現実の世の中だと,それがあの絶対悪政党であろうと,某宗教団体であろうと,トップが絶対的権力と絶対的権威を持っているように見えても実際には,各セクションが各セクション毎に「トップの意思」を解釈して好き勝手な行動をしている場合が多いのです。
影の組織があったとしても,そして影の総裁が指揮する会議があったとしても,組織が統一された意思の下に行動できるとは,限らないのです。セクション単位での行動も,また,その構成単位のリーダーの解釈(と利害関係)に左右されるでしょう。
シキマ者
それならば,組織としての「シキマ会」など考えなくとも,その構成員の総体を考えた方が現実に近いのではないでしょうか。これから,シキマ会所属のメンバーを,シキマ者と呼ぶことにします。
乙種陰謀論では,陰謀論の主体(としてのシキマ会)そのものを否定してしまいます。
シキマ者は,シキマ会というものに所属していても良いのです。例えば,慶応大学卒ならば三田会に所属しているようなものです。しかし,三田者は三田会の意思を想定して行動するわけではありません。シキマ者は,シキマ会に所属しているからシキマ者と呼ばれるわけですが,実際には,シキマ者というものたちが居るだけのことであり,シキマ会などはあっても無くても,いずれにせよ乙種陰謀論の主役ではないのです。主役はシキマ者(の一部)です。
それでは,どのようにして,シキマ者が陰謀を企てることができるのでしょうか。シキマ者として少なくともある程度までの統一的見解がないことには,シキマ者としての行動などできるわけがありません。答えは それは自然発生的に生じる ということなのです。自然発生的に生じるなどという主張は,陰謀論並みにたちが悪いのですが,乙種と雖も陰謀論を主張している訳ですから,気にしないことにしましょう。
論外の共有
(統一的行動など不可能な)シキマ会所属のシキマ者から(ある程度の統一的行動ができる)シキマ会(のようなもの)が発生しうるという理屈は,かなり昔からあるものだと思います: エスタブリッシュメントたちから(陰謀主体であるかのようにみられる)「エスタブリッシュメント」が発生するプロセス を説明した本ならば,ずっと昔に,つまり,ディープステートではなくエスタブリッシュメントという言葉が陰謀主体として流行っていた頃に,出版されていたはずです。ポイントは,仲よく話す機会が多い人たちの意見は,だんだん似たようなものになってくる,という辺りだったと思います。
「だんだん似たようなものになってくる」と言うのは,まずいかも知れません。明示的に議論されるテーマについては,「だんだんに多様なものになってくる」と変換する方が適切でしょう。「似たようなもの」になってくるのは,明示的な議論を経ずに否定される見解です。
多くの動物たちと同様に,人間も,言葉でなく表情でコミュニケーションをとっているようです。例えば,文系の先生と飲みに行っているときに,うっかり「古代日本におけるユダヤ・・・・・・」などと口を滑らすと, あーあっ,この人こんなことを言い始めちゃったぜ という(たぶん無意識の)「顔芸」に遭遇することになるでしょう。口を滑らせたのが学生ならば,威嚇行動をとっているスズメバチに遭遇したようなものですから,この瞬間に「言ってはならないこと」を学ぶことになるでしょう。
つまり,シキマ者の集団ならば,シキマ者としての統一された「正しい見解」を身につけるというよりは,統一された「論外」を身につけることにより,シキマ者の群れでの「進化的優位」を確保するわけです。結果として,「論外」の補集合としての見解は,それなりに「似たようなもの」になっていくのでしょう。
シキマ会外部では,シキマ会での「論外」も「論外」とは限らないので,シキマ会は少しずつ「外部とはものの見方が異なる奴ら」となっていき,外部との溝が深くなっていきます。外部からは「シキマ会という怪しい奴ら」と疑われるようになるのですが,一方,シキマ者から見ると,シキマ者は「歪な考えを持つ連中ではなくヤバい話も打ち明けられる良識ある人たち」というわけです。シキマ会内部だけで流通する情報が増えていきます。
シキマ者たちの「陰謀」
こうして,シキマ者という「知っている」人たちが誕生したのですが,統一的意思をもつ「シキマ会」ではないので,ビルに爆薬を仕掛けておくような「陰謀」は,荷が重いのです。
それでも,別の甲種陰謀論についてならば,乙種化可能です:
テロの行われたビルから,シキマ者は事前に退去していた。奴らは,飛行機が突っ込むことを知っていたわけで,それを知っている以上,シキマ者はテロの黒幕に違いない。
この甲種陰謀論における「シキマ者はそれを知っていた」の部分だけならば,乙種として採用することができます。 シキマ者ペリカンさんが(やはりシキマ者)サーズデイさんに,ビール付きランチの途中で打ち明けます:
これは秘密にしておいて欲しいんだが,あのビルに飛行機を突っ込ませる計画があるらしい。そう,あいつら。かなり確度は高いらしいんだが,公開するとパニックになり影響が大きすぎる。上の連中の方針は,なんとかしてくい止めて公表するのはその後,ということなのだが・・・・・・
サーズデイさんは「あのビル」にオフィスを持っているので,ペリカンさんは心配しているのでしょう。有り難くお話をうかがったサーズデイさんは,考えました:
まずいな。念のためオフィスは引っ越しておこう。そうだ,モースくん(もちろん,シキマ者です)も気の毒だから,教えておこう。
いいか,絶対に他言無用だぞ。実は・・・・・・・
もちろん,モースさんはルイスさんに,ルイスさんはハサウェイさんに「絶対に他言無用」という枕詞つきで「秘密」を教えることになるでしょう。 こうして,「あのビル」にオフィスをもつシキマ者の間で「秘密」は共有されることになったのです。
沈没しそうな船からネズミが逃げ出すとしても,それはネズミ総裁の指令によるものとは限らないのです。
まあ,ひとの世界も,こんなものなのでしょう。
まとめ(と言うか)
以上が,乙種陰謀論心得の条です。甲種よりも賢そうでしょ?
だからと言って,勧めているわけではありません。乙種と雖も世の中の迷惑であることに変わりはありません。影響力を削いでおく必要があります。
具体的な陰謀論を否定するためには,陰謀論者の「エビデンス」をひとつひとつ否定して行けば良いのですが,面倒くさい限りです。それでも,フルベッキ写真に絡む陰謀論を否定するために一冊の本を書く人もいる訳ですから,やれないわけではありません。そして,それが正しい道であることも確かです。しかし,陰謀論が登場する度に正攻法の対処をしていたのでは,やってられません。
イージーなカウンター
一方,なんらかの理由で 兎に角,その陰謀論の影響を手っ取り早く減らしたい ということならば?
極端な話,なんらかの(おそらく乙種)陰謀論のストーリーが,たまたま,秘密の真相をヒットしてしまっていたら?
手っ取り早い方法は,その都合の悪い陰謀論のテーマに関して,恐ろしくできの悪い,かつ,極端な甲種陰謀論を,多量に流布させることです。このできの悪い甲種陰謀論に接した人は,もはや,甲種であろうと乙種であろうと,そのテーマを聞いただけで「おばかさんがしゃべっている」と判断することになることでしょう。これだけで,偶然のヒットの影響は,限定されます。
おいなりさまの陰謀
「おいなりさまのラッキーナンバー」の例に戻って,氏子のひとりの「陰謀論」が偶然にも本当の数値をヒットしてしまったならば? 困った事態になりました。「おいなりさま」は配下の狐たちに,それぞれ別の数値を主張する大量の陰謀論を流布されます。それらの陰謀論は,偶然ヒットしてしまった陰謀論と同じく,なるべく「おばかな理由」を根拠としていることが望ましいのです。正月を迎え,偶然ヒットした陰謀論者は大喜びなのですが,村人たちの反応は,冷ややかなもの:
まあこれだけ沢山の数値が挙げられているのだから,まぐれ当たりも不思議ではないさ
「おいなりさま」はホッとお胸をなで下ろします。とりあえず,すべてめでたし。
それにしても,世の中にはなんと多くの陰謀論が流布していることか・・・・・・
しかも,できの悪い甲種陰謀論ばかり・・・・・・
いくらなんでも,多すぎる・・・・・・あっ!
そうです,なんか怪しいのです:
あの極秘組織の総裁が,組織が行っている(行ってきた)とんでもない悪事をごまかすために,これ見よがしにできの悪い甲種陰謀論を,組織の力でばらまいているに違いない!!
きっと,すごい数のコンピュータが並んだオペレーションルームで,ビシッと制服をきめたすごい数の(良い大学を出た)「組織の人間」が,指示通りに陰謀論を書き込んでいるに違いない(給料はどのくらいなんだろう)。
とにかく,世の中に流布しているすべての陰謀論は,一つの例外もなく,この「組織の人間」が書き込んでいるに違いないのです。