スウェーデン症候群
1-1. 今日のお話
今日は,スウェーデン症候群について話したいと思います。
スウェーデンシンドロームというのは確か,人質に取られた被害者が・・・・・・
え?そうですよ。銀行強盗です。ストックホルム? そう,ストックホルム症候群。
ん?スウェーデンって言った? まさか!
それは・・・・・・・そんなことは・・・・・・
つい言い間違い,いや,まあ地名が重要なのではなくて,他にもリマとか・・・・・・
まあ,それは・・・・・・
そうです! 良い質問なのです。銀行強盗はストックホルム症候群で良いのです。その通りです。有名なのはストックホルム症候群ですが, スウェーデンはストックホルムより広いのです! 言いたかったのは,Stockholm Syndorome などというスケールの小さいものではなく,遙かに規模が大きなスケールのものなのです。これを Sweden Syndorome と呼びたいと思います。
1-2. 利他的な行動
遙かに規模が大きいという意味ですが,まず,時間的なスケールは進化論的なスケールです。そして,対象は,ホモサピエンス ------ というよりは今では ホモスキエンス(homo sciens) に退化している生き物 ------ に限らず,リカオンや蟻,ミツバチにまで及びます。
進化の過程を想像すると,個々の生き物が,個体としての「自分」の生存を維持しようと行動するのは,とても納得できます。もっとも,そのような合理的な行動も,最初は「何かの間違い」で生じたのでしょう。ここでの「間違い」は,親が子供にコピーを与える時点での間違いであり,その誤ったコピーが引き継がれるという意味での「間違い」です。結果の善し悪しとは無関係です。
そう!進化というものは間違いから始まるのです!それを言いたくて,わざとスウェーデンと言ったのですよ。すごいでしょ。それに,ストックホルムとスウェーデンという規模の対比も・・・・・・まあ,本題に戻りましょう。
ともかく,この自分の生存を求める「間違い」は,もちろん,その個体の生存にとって,すごく有利だったでしょうから,進化的に優位な「間違い」だということは間違いありません。また,その他の自利的行動も,それが最初に生じたときの「間違い」は,進化的に優位であったことでしょう。
さて,自利専門の行動と違って,利他的行動,もちろん,それは生き物すべてへの利他ではなく,群れの中での利他ですが,これは,不思議です。
自利のみで行動する集団(そのメンバーをタイプAと呼ぶことにします)と,利他的に助け合う群れ(こちらのメンバーはタイプB)が争えば,Bの群れが優位ということは納得できます。そして,この「利他的行動をする」という行動様式が代々引き継がれるならば,利他的集団は進化的優位に立つことができるわけです。その集団に属する個体は,個々の個体に限れば利他的行動のために不利になることはあるにしても,集団の中での個体の利益の期待値は,利他的な行動により増加するはずです。したがって,進化的に優位。
ここまでは,良いのですが,問題はここからです。
代々引き継がれるコピーというものは,集団から次世代の集団へ集団のコピーが引き継がれるのではなく,個体から次世代の個体へと個体のコピーが引き継がれて行くのです。となると,Aタイプ集団の中のひとつの個体に利他的行動という「コピーミス」が生じたとしても,それが「その集団のなかで優位」でない限り,その「間違い」は淘汰されてしまうでしょう。
自利のみで行動するタイプAの集団のなかで,利他的行動という「コピーミス」が淘汰されることなく,この「ミスコピーされた個体」(タイプBミュータント)が増殖して行き,最初の集団がタイプBの集団に変わっていくことは,可能なのでしょうか。
「可能なのでしょうか」などと疑問形にして見せても, Sweden Syndorome により可能である と持っていきたいのは見え見えですね。そうなのです。これからSweden Syndorome というストーリーをお話ししたいのですが,その前に,面倒くさい問題点を片付けておきましょう。
それでも,「美しい利他の気持ち」の拡がり,もしくは,それに近い「お気持ち」の拡がりという流れで群れの形成を説明する路もあるでしょうが,もっとえげつないストーリーを考えてみましょう。
1-3. 元祖 Sweden Syndorome
ある日,森の中,くまさんに出会ったウサギさんは逃げ損なって食べられてしまいました。ウサギさんは薄れ行く意識の中で, ああ,この私をぶちのめした強い生きもののために,なにか,なにか一つだけでもしてあげたい と思いました・・・・・・な訳ないのですが,自己(と子孫)の生存可能性を最適化しようと行動するはずの個体(これを従来型と言うことにします)が,なんかの間違いで 自分をぶちのめした個体にとって最適な行動 をするようになるなどという,とんでもないミュータントBに変異してしまったら,どうなのでしょうか。妙な感じを受けるかも知れませんが,そもそも大抵のミュータントは,生存という意味では不利なのです。だから,こんな妙なミュータントが生じても良いことにしましょう。
まず,「ぶちのめした個体」が捕食者ならば,まあ,いずれにせよ食べられちゃうのですから,進化という意味ではニュートラルです。それでは,メスを争うオスとオスの争いで「ぶちのめされた」なら?
これは,デリケートな状況です。
戦いに敗れたオスは,すごすごと立ち去り,それでも未練を捨てきれずに木の陰から寂しそうにデートの光景を見つめる・・・・・・はずだったのですが,このミュータントBくんは,まるで恋人のように,自分をぶちのめした個体(群れの他のメンバーと区別してPさんとでもしておきましょう)にまとわりつくのでした。デートの邪魔をされたPに「邪魔だ!」と殴られるのですが,それでもしばらくすると,Pの側に戻ってきてなにかとお世話を焼きたがります。
Pは目一杯うるさがり,まわりの生き物は「ゴマすりくそB」などと罵るのですが,Bは離れません。とうとう,Pも諦めて,それなりに一緒に行動するはめになりました。
やがて,再び恋と(そのための)喧嘩の季節を迎えると,なんということでしょう,Bは, 「P vs 他のオスの戦い」に厚かましくも加わり平然とPの加勢をしたのです。その結果,Pは圧倒的に有利で,森のメス達はすべてPのものとなりました。
もう少し後の感性ならば,こんなアンフェアなことをしたら,周りの皆の袋だたきにあうでしょう。しかし,従来型の生き物で占められていた当時は「他者の加勢をする」などという非合理な行動をする奴はおらず,周りの皆は驚くばかりで怒ることもなかったのです。
さて,ご想像の通り,Pの子供達の何割かはタイプBだったのです。えげつない話ですね。でも,これはハーレムというものの宿命なのです。もちろん,Bは,下心をもってPの加勢をしたわけではありません。P のためならば命も惜しくないという純粋の気持ちで行動してきたのですが,結果は・・・・・・やはりオスはオスなのです。
一方,勇者Pの(本当の)子供は,というとどうでしょうか.強い個体の子供なので,やはり強い個体かも知れませんが,これは集団の中での揺らぎがもたらす比較的ゆっくりとした進化に貢献するだけです。タイプBの優位は,この揺らぎとは別の質的優位ですので,タイプAに対して,集団の中での比率を増してゆき,やがてはタイプBばっかりの集団になって行くこともあるのでしょう。ということで,タイプBばかりの群れが出来上がったと仮定しましょう.このタイプBの根性が,元祖 Sweden Syndorome 根性です。
1-4. 改良型Sweden Syndorome
ステップ1: 闇の群れの形成
相変わらず,メスを争って戦います。そして敗者は(すでに群れの全員がタイプBですから),勝者を崇拝するのですが,その頃になると,勝者も色々と学んで警戒心も持っているでしょうし,なによりも,全員がタイプBなので,ハーレムを築くほど勝ちまくれるわけではなく,結果として敗者がおこぼれに与ることもなさそうです。つまり,この点に関しては,進化的優位は失われます。
しかし,争いには,捕食者との争いもあり,また,獲物を狩る側にまわっての,被捕食者との争いもあります.この争いでは,単独での戦闘よりも,手下付きの方が優位です.かくしてこの(タイプBでない他の群れに対しての)進化的優位は,もともとのメスを巡っての争いとは別の面で保たれることになるのでしょう。
ステップ2: 大きな群れへ
さらに,タイプBの中に複数のチームが生じ相争い,勝ったチームと負けたチームが,勝者と敗者達の連合チームに発展し,さらに勝者と敗者達と,その敗者達を勝者としての(もっと弱っちい)敗者達というチームに発展しと,チームはSweden Syndorome により組織化された群れへと発展していきます。
こうなると,直接の闘争での勝者(ぼくをぶちのめしてくれたあのひと)に抱く元祖Sweden Syndorome 根性では,群れの規模に限界があります。 次に来るのは勝者というSweden Syndorome の対象の抽象化バージョン,改良型Sweden Syndorome です。
まず,言葉がごちゃついてきたので,Sweden Syndorome 根性が服従する対象を, SwSO と略することにします.例えば,AとBとの直接の闘争での勝者Bは,敗者Aの SwSO ですが,改良バージョンでは,その勝者BにとってのSwSO であるCは,敗者AにとってもSwSO となる,という感じです。つまり,関係SwSO が推移性を持つということです。こうして,リーダーを持つ大きな群れが生まれます(ある種の広域市民団体を想像して下さい)。この場合,弱い組の組長隷下の組員は,上部団体の組長をも崇拝することになります。
群れの発生の仕方から分かるように,どれ程大きな群れであっても,SwSO についての集団での最大,つまり最強のリーダーが居るはずです。群れの発生プロセスまで遡らなくても,群れの構成員が有限であり,また,群れに属する2個体\(a,b\) に対して必ず\(a\leq c,b\leq c\) となる\(c\) が存在する以上(この前提が成立していないなら,群れは分裂しています。なお,SwSO を大小関係の記号で表しています),群れには最強のリーダーが存在します。
ステップ3: 抽象化
しかし,ここからが,数学と世の中の違いです。 \(a\) は \(a\) をぶちのめしてくれ \(b\) を崇拝し,\(b\) は \(b\) をぶちのめしてくれた \(c\) を崇拝している故に\(a\) も \(c\) を崇拝し,さらに,\(c\) は\(c\) をぶちのめしてくれた\(d\) を崇拝している故に \(b\) も \(d\) を崇拝している故に \(a\) も \(d\) を崇拝し,と推移性の再帰的適用は幾らでも続く・・・・・・のが数学ですが,まあ,現実には無理です。このままでは,群れのサイズには限界があります。そこで,次の間違い, ぶちのめしてくれるあのお方の抽象化 もしくは,概念化というか規範化というか,要するになんだか分からないけれども 群れというもの自体がぶちのめしてくれるお方であり,そこに溶け込みたい という間違いが,求められるのです。
それでも群れのリーダーは居るかも知れません。その場合でも,そのリーダーが畏怖の対象である理由は群れのリーダーだからであって,要するに,ぶちのめしてくれるのは群れそのものという「組織」なのです。いや,まったく,そうあるべきなのです。しかし,やはり, 私をぶちのめすお方をぶちのめすお方をぶちのめす・・・・・・をぶちのめす龍が如きあのお方(会ったことないけど) という希薄な実在をリーダーとして希求する輩もいることでしょう。この現象は,抽象的組織という高度な Sweden Syndorome 組織の劣化要因となるのでしょう(この辺りの困った事情は,某関西市民団体連合七代目が詳しいと思います)。
なにはともあれ, こうして,Sweden Syndorome としての群れが完成します。この群れにおけるSweden Syndorome に基づく利他を,闇属性の利他と言うことにしましょう。
1-5. 闇と光
光は闇より生じ
さて,利他的な行動ですが,ぶちのめすなどという闇の道筋に依らずに,子を守ろうとする,もしくは,つがいで子を守るためにパートナーを守ろうとする,光属性の利他もあるはずです(ここまでは進化的優位)。そしてこの光属性の利他が,その範囲を拡げていっても良かったはずです。しかし,それは
集団としてその間違いが生じない限り,進化的に優位ではない
という欠陥を持っていました。つまり,光の道は,行き止まりだったのです。
今,闇の道を経て,群れが完成しました。おそらく,蟻の集団などでしたら,この純粋形が最適なのでしょう。それでも,闇の道による利他とはいえ,群れのメンバーへの利他的行為は何らかの形で報われる仕掛けが生じているでしょう(そうでないと,群れへの利他が従来より強いという間違いが,進化的に優位にならないので)。
闇の世界も,意外に道徳的なのです。
さて,自分たちの子を産み自分たちの子を育てるという哺乳類的な生き物では,闇の集団の中でも自分たちの周りに光りのスポットを持つことになります。この場合,このスポットが照らす範囲を拡げるという誤りは,本来ならば進化的優位ではなかったのですが,面白いことに闇の群れの報償システムの助けを借りると,進化的優位になります。
こうして,光の道としての利他とSweden Syndorome の利他が共存する集団が生じるのでしょう。つまり,ものごとは
ものすごくややっこしくなる
のです。場合によっては,闇の群れが光り属性に変わることもあるのかも知れません。
闇と光の争い
闇属性の群れから光り属性の群れが生じるストーリーを組み立てたのですが,まあ,何と言ってもいい加減なものです。闇属性など経由しなくても博愛的な群れが生じるプロセスがあるのかも知れません。
それでは,何はともかく,闇属性の大きな群れと光属性の大きな群れがあって,両者は長期間の闘争状態にあるとしましょう。
最大の利点
2つの集団が長期間にわたって争いを続けている場合,もちろん,両集団間の戦闘での犠牲も多く発生するのですが,それと同時に,集団の内部闘争による犠牲も無視できません。ここで,闇属性と光属性の決定的な違いが生まれます。
闇属性の内部グループの闘争では,「ぶちのめされた」側のグループの面子は,彼ら本来の闇属性にしたがって,(光属性の観点からは)卑屈極まりないことですが,見事なまでに勝者に屈服するのです。したがって,闘争の直接の犠牲を除けば,内部抗争による損失は比較的少なく済みそうです。
ところが光属性の敗者は,敗者として勝者をあがめ奉るメカニズムを持ちません。勝者に屈服したとしても,それはせいぜい生き残るための打算によるもので,信用ならないのです。勝者にとって敗者を生き残らせるのは,煩わしい危険を背負い込むことになるのです。勝敗の決した後の状況は,惨たらしいものになるでしょう。
結果として,内部抗争による損失は光属性の集団の方が大きく,相対的に衰退していくことになります。闇の利他的振る舞いの効果と,光属性の博愛的な利他的振る舞いの効果にそれ程の違いが無いならば,内部闘争による消耗の違いは,両者の進化的優位性を分けるものとなるでしょう。
1-6. ミーア先生の教え
ここまでの話は,
生まれたときに親からのコピーを引き継ぎ,次世代にコピーを渡す
という個体内部での「なにか」の継承です。それと同時に,養育期間に集団のなかの「常識」を染み付けて,(個体にとってのではなく)集団にとっての進化的優位を高めるという手があります。ここでは,ミーアキャットのミーア先生に登場してもらい,この常識を「ミーア先生の教え」と呼ぶことにします。リアリティーを持つ方々にお願いすると,なにかと厄介なので。
これから,ミーア先生から学ぶことにより獲得する性質と区別するために,親からのコピーとして受け取り次世代に引き渡す性質は 非ミーア的 であると言うことにします。
ミーア先生の教えには,群れとして,もしくは,個体として生きていくための技術的知識もあるのでしょうが,それを除けば,まず, これはあまりミーア先生のイメージにそぐわないのですが, 群れに従え,さもないと,恐ろしい罰を受けるぞよ という,Sweden Syndorome ならではの教えが必修です。これは,なにもミーア先生から学ばなくとも,非ミーア的根源を持つのですが,それでも,明示して強化することは必要なのです。
そして, ひとりは皆のために皆はひとりのために。
美しい響きですが,Sweden Syndorome として解釈するならば:
- ひとりは(ぶちのめしてくれる存在としての)群れのために,
- 群れは,(群れに貢献するひとりに)ご褒美を
という宣言なのでしょう。恐ろしい罰は,群れに従い貢献することが当たり前ならば,自分にとってはあり得ないことであり,美しい響きを損なうものにはならないのです。もともと,Sweden Syndorome に支配された個体は,群れに従いたいのです。
ミーア先生の教えの多くは,私たちが普通に想像する博愛的利他に近いものなのでしょう。ただし,個体内部のコピーとは少し違ってきます。
例えば,哺乳類である私たちの感性では,親は犠牲になってでも子を守りたいのです。これがおそらく,個体の内部で引き継いで行くコピーに書かれていることなのでしょう(まあ,色々でしょうが)。
しかし,集団としての進化的優位は,むしろ,再生産可能な子供よりも,親を生き延びさせるのが優位であり,また,高度な知識が必要な集団では,経験を積んだ高年齢を生き延びさせる方が有利という場合も考えられます。そうなると,ミーア先生は「老を敬え(端的に言うならば,親のために子が死ぬべき) 」という,およそ個体内部の叫びに反抗する教えを垂れることになります。
他にも,哺乳類のオスとして当然の行い,メスがいるから取りあえずひっつきませうという自然な振る舞いも,「なんたる恥さらし」と叱られることになるのでしょう。要するに,個体内部の魂の叫びを圧殺するのです。
ミーア先生の教えは,個体内部の非ミーア的叫びと対立しがちです。そもそも,対立がないならば,教えなくても良いのです。それでは,どうすれば叫びを押さえ込めるのでしょうか。ひとつには,教えの内容を,あまり急速に変化させないことです。叫びと妥協しながらゆっくりと変化させて行くべきなのでしょう。
それでも対立が残るならば?
簡単なことです。せっかく,闇属性を抱えているのですから,闇の咆吼に登場してもらえば良いのです。 群れにぶちのめされますよ! 教えに従いなさい!
群れでなくひとりひとり
あまり品が良くないミーア先生ですが,闇の範囲に留まるならば,こんなものです。教えそのものは光の世界のものであったとしても,群れとしての存在に留まる限りは,なんとかなるのでしょう。
さて.もうおわかりですね。もっとややっこしくなるのです。群れとしての存在なのに, ひとりひとりが,ひとりひとりとしての価値を追い求める生き方 という厄介極まりない教えに辿り着いてしまったのですから。そして,ミーア先生からも,このような教え頂くことになったのですから。と言うか,この教えを背景としているからこそ,闇属性などという言い方をすることになった訳で。
こうなると,もう全くもって面倒くさいので,やってられません。 群れに溶け込みたいという闇属性は,誰かに洗脳されたとか間違った教えを受けたとかではなく,個体内部の叫びであるのだぞ ということで終わりにしましょう・・・・・・と言いたいところですが,もう少し続けます。
せっかく生き物の「お気持ち」でものごとを解釈してきたのだから,もっと「お気持ち」に踏み込んでみましょう。