序章
それでは,
一切の価値判断から離れて,現象についての記述をする
という立場から,核爆発という現象について考えてみよう。
この立場を明確にするために,最も感性を無視した計算から始める。 簡単な例として,核爆発に絡んでよく使われる表現「一瞬で蒸発」についての計算を紹介する。
熱照射量
熱線の被害
人間の皮膚は,(\(1\) 秒以下の短時間で)\(1\, \rm{cm}^2\) あたり \(4\,\rm{cal}\) の熱量を吸収することにより,\(\rm{I\!I}\)-度の火傷を負う。 [McNaught pp58]
同じ熱量を吸収する場合でも,少し時間を長くして数秒程度での照射になると \(4 \rm{cal}/\rm{cm}^2\) ではなく \(6\, \rm{cal}/\rm{cm}^2\) 以上の熱量が必要になる。また,同じ時間の照射でも,皮膚の色による差も生じる。
衣類や枯れ草などの燃えやすい周辺物が発火に至る熱照射量は,材質により異なるものの,皮膚に \(\rm{I\!I}\)-度の火傷を負わせる熱照射量と同じ程度から,数倍程度までの範囲に収まる。
\(1\, \rm{cal}\) の定義は,
\(1\, \rm{g}\) の水の温度を \(1\, \rm{℃}\) 上昇させる熱量
正確には「何度の水の温度を \(1\, \rm{℃}\) 上昇させるのか」ということを明示する必要があるが,ここでは概算しか必要ないので,この点は無視する。
それでは,一辺が \(1\, \rm{cm}^2\) の直方体の水が,その1つの面から \(4\, \rm{cal}/\rm{cm}^2\) の熱照射を浴びたとしてみよう。
- 照射を浴びる面の面積は \(1\, \rm{cm}^2\) なので,吸収される熱量は \(4\, \rm{cal}\) であり,
- この熱量 \(4 \rm{cal}\) が直方体の水 \(1 \rm{cc}\) に等分配されると仮定すると,
- \(1\, \rm{cc}\) の水の重量は \(1\, \rm{g}\) なので,
- 温度は \(4\, \rm{℃}\) 上昇する。
これは,熱傷や発火という現象から見るならば,僅かの温度上昇である。
なにやら小学校の算数のような話だが,算数の問題と違って,
何を仮定して計算しているか
ということを気にしておくべきだ。実際,等分配されるという仮定は,微妙な問題を含む:
- 熱線は,透明な水にすべて吸収されるのだろうか? つまり,水は,熱線に対して「不透明」なのだろうか?
- 熱線に対して「不透明」であると仮定した場合,照射を受ける面から奥行き \(1\, \rm{cm}^2\) に渡って熱量が等分配されるという仮定は,かなり無理がある。
まあ無理はあるのだが,それはそれとして仮定を受け入れて計算してみることも,大切ではある。
一方,熱傷の危険性を評価する場合には,(皮膚のような)不透明な物体への短時間の熱照射から吸収された熱量は,
等分配される前に照射された表面近くに集中する
として,計算すべき。
仮に照射を受けた面から
1. \(1\, \rm{mm}\) 以内に分配されるならば,\(40\, \rm{℃}\) 上昇
2. \(0.2\, \rm{mm}\) 以内に分配されるならば,\(200\, \rm{℃}\) 上昇
となる(比熱についての問題は無視して計算している)。
1. \(1\, \rm{mm}\) 以内に分配される場合,熱量を引き受ける物質の厚みが \(1/10\) になっているので温度上昇は \(10\) 倍
という理屈で,\(40\,\rm{℃}\) 上昇
2.
\(0.2 \rm{mm}\) の場合は,さらに\(1/5\) の量に分配されるので温度上昇は \(40\,\rm{℃}\) の \(5\) 倍の \(200\,\)℃ 上昇
という計算であり,ひどい熱傷を負うことになる。
これが,生き物に被害を与え,また火災という二次災害を発生させるという点において,核爆発が発生される熱エネルギーの効率を上げているメカニズムなのだ。
ただし,殺害を目的とする効率としてはともかく,殺害を達成するまでの時間的効率は極めて低い。つまり,死が確実な場合であっても,それが実際の死として完結するまでの時間は長い。また,銃弾や爆弾の破片,槍といった体の深部まで一カ所にエネルギーを集中させる場合と異なり,効果が皮膚の表面に集中するために,殺害の副作用として刺激する神経の量は大きい。言い換えるならば,残虐である。価値判断から離れるとは言ったが,
感性を無視して記述するのは ・・・・・・ とても難しい。
一瞬で蒸発?
しかし,計算を続ける。
簡単に言うならば,
核爆発により人間が蒸発することはない。
蒸発するとしたら,それは人間が火球の内部に居る場合だろう。
まず,\(1\, \rm{cc}\) の水を蒸発させるために必要な熱量は
1. 水の温度は \(20\, {}^\circ \rm{C}\) として,\(100\, {}^\circ \rm{C}\) に上昇させるために \(80\, \rm{cal}\) が必要であり,
2. さらに,気化熱 \(539\, \rm{cal}\) が必要なので,
3. 合計で,\(619\, \rm{cal}\) が必要
として求められる。正確な値は必要ないので, \(620\, \rm{cal}\)
が必要としておこう:
\(1\, \rm{cc}\) の水を蒸発させるために必要な熱量は \(620\, \rm{cal}\) (として計算する)
Remark. 気化熱というもの自身,考え始めるときりが無い問題を含むのだろうが,ここでは,また,これからの計算でも,そういった微妙な点は考慮しない。
あくまでも概算なのであり,簡単にすることが可能な限り,簡単にしたいのだ。
一辺が \(1\rm{cm}\) の立方体の一つの面で熱量を吸収すると仮定すると,蒸発させるために必要な熱照射の値は \(620\, \rm{cal}/\!\rm{cm}^2\) であり,皮膚に \(\rm{I\!I}\)-度の火傷をもたらす熱照射 \(4\, \rm{cal}/\!\rm{cm}^2\) に比べて \(100\) 倍以上の大きさである。しかし,これは爆心点に近ければ十分あり得る値だ。
今度は一辺が \(10\,\rm{cm}\) の立方体の水を蒸発させる場合を考えてみる。この場合,一辺が \(1\rm{cm}\) の立方体の体積に比べて
体積比: 体積は,\(10^3 = 1,000\) 倍の体積となるのだが,
面積比: 照射を受ける面の面積は,\(10^2 = 100\) 倍の面積に過ぎない。
したがって,必要な熱照射の値は
\(
\displaystyle{620 \times (10^3 \div 10^2) = 6,200\,\rm{cal}/{\rm{cm}^2}}
\)
となる。つまり,体積比(相似比の3乗)と面積比(相似比の2乗)の違いにより,必要な強度(単位面積あたりの熱照射の強度)は相似比に比例して増加する。
後で見るように,この値は,火球の表面にほとんど接している距離でないと実現できない。しかも,短時間の照射による吸収は照射を受けた表面近くに集中するので,表面近くでは蒸発に必要な熱量以上を吸収し(皮膚の場合は焦げてしまい),逆に表面から離れた部分は蒸発するまでの熱量を受け取ることはできない。
Remark. 上の評価の要点は,スケールを何倍かすると
体積比は \(3\) 乗
面積比は\ (2\) 乗
で大きくなるという「算数」の問題に過ぎない。算数の問題に過ぎず,言われれば簡単なことなのだが,意外に見落としやすい。
奥行きが \(10 \rm{cm}\) で縦横 \(1 \rm{cm}\) の正方形の面を持つ細長い直方体に,正方形の面から熱線を照射する
と考えても,奥行きが \(10\) 倍になっているのだから,必要な熱量も \(10\) 倍になるということがわかる。
なお,「身体全体の蒸発」を問題にしているからスケールが絡む,ということに注意。熱傷による被害では,そもそも皮膚表面のみが問題となるので,スケールの影響はあまり受けない。
熱照射を表面で受けるということが前提である。身体全体の蒸発を考える場合でも,あくまでも表面で熱照射を吸収して,その吸収した熱量を身体全体に分配すると考えて計算している。また,暗黙の前提として,表面は熱線に垂直な向きにあると仮定している。斜めの方向から熱線を浴びる場合には,単位面積当たりの照射量は少なくなる。
Remark. 最後に蛇足の注意を。これはかなり分かりづらく,放射線の被害を扱うまでは必要ではないので,無視した方が良いかも知れない。
後で扱うガンマ線や中性子線など「透過性の高い放射線」の被曝では面積ではなく体積(質量に比例すると仮定)でエネルギーを吸収すると考えることになる。熱線もガンマ線も,物理学の視点からは同じ「電磁波」であるにもかかわらず,「その影響」という視点はかなり異なる:
- 可視光線や熱線は身体の表面近くでほとんど吸収されるが,
- ガンマ線は身体を透過して行く。ただし,
- すべてが透過するわけではなく,透過し損なったものが被害を与え,
- 透過し損なう割合は,奥行きが増すと多くなる。
つまり,身体はガンマ線に対して「半透明」なのだ。
一般に,透過性の高い(いわゆる貫通力の高い)放射線ほど「危険な放射線」というイメージだが,ほとんど \(100 \%\) 透過する放射線ならば,逆に,全く被害を与えない人畜無害な放射線となる。
さらに,難しくなるが,「 比較的小さな 」 奥行きでのみ
「奥行きに比例して」多くなると考えることができ,
したがって「単位体積当たり」で評価できる
ということであり,比較的小さな奥行きではなくある程度奥行きが長くなると,もはや比例関係は成り立たず,微分方程式と指数関数が登場することになる。
以上,
当たり前のように計算して見せている場合でも,暗黙の前提として仮定していることは意外に多く,背景をきちんと考え始めると,それなりに難しくなる。したがって,少なくとも最初は,暗黙の前提は,あまり追求しないことにした方が良い。
それとは別に,ここまでの結論として,
結論: 火球の内部に取り込まれない限り,ある程度の大きさの物体は蒸発しない。
熱照射量の値
ある地点で受ける熱照射を計算するためには,2つのアプローチがある:
- 核爆発の規模と爆心点からの距離により,その地点で受ける熱照射(の爆発開始から最後までの総量)を計算する。
- 火球表面の温度,火球半径,火球の中心からの距離から,熱照射の瞬間的強度(単位時間当たりの強度であり,時間に依存して変化する)を計算する。
ここで直ぐに,これらのアプローチを紹介することもできるのだが,そのような具体的な現象の解析に移る前に,次の章で,エネルギーに絡む計算をいくつか練習する。
核爆発はとにかく膨大なエネルギーだから
という一種の思考停止では話が進まないのだ。
なお,上の2つのアプローチの2番目のアプローチでは,火球表面の温度と火球の半径の移り変わりのデータがあれば,熱線の総量の(例えば)\(80 \%\) を受けるのにかかる時間を計算することも可能である。実際にはこれは実験による経験値なのだろうが,\(1\) メガトンを超えるような核爆発では,\(10\) 秒近い時間が必要なようである。つまり,広島・長崎の規模では
ピカッ
であったものが
ピカッギラーー
となるということだ。これも,
突然受けた核爆発に対処することができるか
という点から,大切な違いとなる。
大型の核爆発が「ギラー」ではなく「ピカッギラー」であり,「ピカッ」と「ギラー」の2つのピークをもつ理由は,2章「火球」で説明する。
また,どちらのケースでも,「ピカッ」の最初に「youtube の画面が真っ白になる一瞬の閃光」が発生する。キノコ雲ではなくこの閃光が,通常の大規模爆発から核爆発を区別する特徴になる。
さらに,この2つのピークの間隔を器機で測定することにより,核爆発の規模の概算をすることが出来る。
核爆発の様子は爆発規模により,かなり変わるが,共通の特徴は,一瞬の白色閃光と2つのピークである。規模が大きくなるにしたがって,熱照射のタイムスケールは長くなる。
これは核爆発により生じる火球,および,それが発生・成長するプロセスを通じて理解することが出来るのだが,これについては後で述べることにして,ここでは扱わない。
それでは,核爆発のエネルギーの評価をしてみよう・・・・・・以下は pdf で
なお, なかば捨てアドレスに近いのですが